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ガチャ86 近いようで遠い距離

 起伏のある平地を一台の馬車が走っている。

 その馬車は酷く安い作りであった。

 舗装された道を外れた途端、内臓を直撃する振動は激しさを増し、各所が軋み嫌な音を立てている。


 もう何時間、いや何十時間とこれに乗っているのだろう。


 エリーはたまらず窓を開け、中から顔を出し、力のない眼で空を見上げた。

 視線の先は分厚い雲で覆われている。

 重々しい曇天だ。


 目を細めたエリーに、雨粒がポツリポツリと落ちてくる。

 これから起こる不幸の前触れかもしれない。

 エリーがそんなことを考えていると、前方から馬の嘶きが聞こえた。

 御者を務めるエテキチが馬に鞭を打ったのだ。


 急かされた馬が鼻息荒く走り出す。


「オラ。いつまでも顔出してんじゃねぇよ」


 ダンクがエリーの髪の毛を思い切り掴んだ。

 あまりの勢いに驚いたエリーが反射的に身体を動かしてしまい、美しい栗色の髪が数本音を立てて抜け落ちた。


「ううっ!」


 ハラリハラリと舞い散る髪。

 急激な痛みと吐き気がかみ合い、エリーは喉から逆流するモノを抑えきれず、座り込んで透明な液を吐き出した。


「ったく。しょうがねぇやつだな! おい、エテキチ!」


「なんだいアニキ~?」


「これ以上弱っちまったら、楽しみが半減しちまうからな。30分だけ、休憩するぞ」


「はいよ~」


 何もない平地の真ん中で、馬車を止め、寛ぎ食事を始めるダンクとエテキチ。

 エリーにも乾ききったパンとジャーキーが出されたが、到底食べる気になどなれず、一口もつけずに残してしまう。


「エリーちゃん。ちゃんと食べないと、身体が持たないよ~?」


「……いらない」


「そうかい。別にいいさ。顔色は戻ったみてぇだし、さっさといくぞ」


ダンクがエリーを馬車に押し込むと、エテキチが馬に飛び乗り、鞭を打った。


「ヒヒーン!!」


 馬車が再び走り出した。

 向かう方角は南南西。

 南東の小高い山ではなく、逆方向の森林。

 その中にある人工的な台地だ。

 地図通りなら、もう、それほど遠くない距離にいる。

 豪猿の2人は、エリーとの宴を想像し、口元を緩めるのだった。


◇◇◇

 

 小雨の振る平地で、疾走する軍馬の蹄が、砂埃と共に独特な音を立てている。

 女騎士ミレーヌと共に軍馬を駆るダリアは、エリーの乗った馬車を追って王都から舗装された街道を南に真っすぐ辿って来ていた。

 しかし、とうとう馬車を見つけることなく、石畳が途切れる所まで来てしまったのだ。

 険しい表情で前方を見やるダリア。

 一方、斥候を生業としているミレーヌは冷静だった。


「闇雲に動くと混乱を招きます。一旦馬から降りて、身体を休めながら考えましょう」


「……貴女の言う通りね。少し、休憩しましょう」


 軍馬から降りたダリアが、馬上のミレーヌを見上げた。


「ねぇ、ミレーヌ」


「なんでしょうか」


「こういう場合は、どうするの?」


「手がかりを探すしかありませんね」

 と言いながら、ミレーヌが鞍から滑るように降り、

「ご苦労様、ジョセフィーヌ」

 とジョセフィーヌと呼んだ軍馬の顔を撫で始めた。

 ジョセフィーヌはその場でしゃがみ、心地よさそうに瞳を閉じてミレーヌの手の感触を堪能している。

 ここまで一度も足を止めずに働いてくれたジョセフィーヌを労い、エサを与えるミレーヌ

 ダリアはそんなやりとりを見て、ため息をつく。


「……沢山ある轍からは、判断できないでしょう?」


「そうですね。ここには轍以外に手がかりはないですから、このままだと、状況を打開できる気がしません」


「ちょっと、ミレーヌ! 無責任すぎるわ!」


「自分にはできないと見定めて判断することも、生き残るためには必要なスキルなのです」


「――じゃあ、貴女は諦めろっていうの?」


「そういうわけではありません」


「どういうこと?」


 疑問符を浮かべるダリアの前で、軍馬の鼻に薄い布切れを差し出すミレーヌ。


「それ、もしかして……」


「そうです。エリーさんのハンカチですよ。正確には、エリーさんのファンの物ですが」


 冷静な顔でそう言うミレーヌ。

 ダリアが思わず食いついた。


「どこでそれを?」


「出発前の聞き取り調査をしている時に、捜索のため、エリーさんの匂いがついているものを持っていないか尋ねて回ったんですよ。ダメ元でしたが、1人だけ持っている人がいました」


 一旦言葉を切ったミレーヌがジョセフィーヌに周囲を探索するように命じた。

 ジョセフィーヌが鼻を地面に寄せ、匂いを嗅ぎながらゆっくりと歩き始める。

 

「最近、やすらぎ亭で食事をしたという低級冒険者のおじさんです。汚れた口を拭こうとしてハンカチがないことに気が付いた時に、エリーさんがハンカチをくれたそうで。『お宝だが、エリーちゃんの役に立つなら! くうっ!』と嬉し涙を流して、渡して下さいました」


「それって、本当に嬉し涙かしら?」


「……本人がいいといったのですから、問題ありません」


「貴女。いい性格してるわ」


「それより、ダリアさん。あの子が何か見つけたみたいです」


 ジョセフィーヌは随分遠くで立ち止まり、こちらに顔を向けて嘶いている。

 2人が急いで近づくと、ジョセフィーヌが鼻先を地面にゆっくり下ろす。

 ダリアが目線で追った先に、見覚えのある栗色の綺麗な毛髪が数本落ちていた。

 轍も、ここから先には南西に向かって伸びる一台分の轍のみだった。

 エリーが行くと申告した場所は南東の小高い山だったはず。

 ダリアはこめかみが引き攣るのを感じた。


「……まったく、知恵の回るお猿さん達には困ったものだわ」


「急ぎましょう。匂いが近いと、ジョセフィーヌが言っています。今度離れたら、非常に見つけるのは困難になります」


 無言でうなずき返すダリアは、

(必ず、助けるから。それまで耐え抜くのよ、エリーちゃん!)

 と決意し、ミレーヌと共にジョセフィーヌに飛び乗って、先を急ぐのだった。


◇◇◇


 雲のベッドで極楽の寝心地を味わい尽し、満たされたリュウの意識が覚醒する。

 枕元に置いたディザイアクロックの蓋を外すと、針は7時を示していた。

 強敵ミミックを倒し、そこから懐中時計に宿る悪魔マリに押し倒されてエネルギーを消耗したリュウであったが、アクエリアスの泉とクラウドパラダイスの効果で全回復しており、体調は万全。

 自然と湧き上がる闘志に口角を上げ、白亜のコートを身に纏い、天幕の外へ。

 ミミックと戦闘した部屋から元来た道を辿り、再び洞窟に出た。

 上から差し込む朝日が、頂上に繋がっていると教えるように洞窟内を照らしている。

  

「いくか」


 独白したリュウは、コートを靡かせながら天辺へと駆け上っていく。

 当然のように出現するブルホーンを、すれ違いざまに魔剣二刀流で尽く撃破。

 吹き抜ける一陣の風と共に、リュウは頂上へ飛び出した。 

お読み頂きありがとうございます。

勤労感謝の日ということで、少しでも皆さんの暇潰しになれば幸いです。

いつもお疲れ様ですm(_ _)m

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