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ガチャ73 密談

 静寂に包まれた王都。

 酒場すら明かりを消す時間帯にも関わらず、貴族街の一角には、カーテンの隙間から僅かに光を漏らしている邸宅があった。

 

 暗がりの中、蝋燭の火に誘われて、一匹の黒い鳥が飛ぶ。

 黒い鳥は窓の前に辿り着くと、オーブを加えたままくちばしでノックした。


「やっと来たか! 待ち侘びたぞ。早く入れ」

 と、50代前半の恰幅のよい男が言って窓を開け、黒い鳥を招き入れた。 


 黒い鳥は、黄金でできた止まり木のイミテーションに着地。

 幾度も訓練して覚えた動作で、口にくわえている音声通信用オーブを起動。

 灰色のノイズがオーブ内を埋め尽くした。

    

「……ガガガ。……オズワ……公爵。おい! 公爵! グレイだ。聞こえてるか?」


「……大声を出さなくとも聞こえておる」


「そうか? お前は耳が遠いからな。つい、大声でいっちまうぜ! あはははははは!」


 密談の度に、騒々しいのを我慢していたオズワルド。

 しかし、短気なオズワルドが忍耐できる許容量は極僅か。

 

(この帝国の諜報員。恐らくは野蛮な冒険者上がりの者だろうが! 何様のつもりだ!!)


 限界を迎えたオズワルドは、とうとう額に青筋を浮かべ、がなり声を上げる。


「うるさい奴め! 私は公爵。諜報員如きが偉そうな口を叩くな!!」


 グレイは、愉快そうに嗤った。

 公爵がバカで良かった。心底そう思っているからだ。


「ああん? 俺にそんな態度とっていいのか? てめえは立場がわかってねぇ。お前が帝国の重鎮として君臨できるかどうか。諜報局長である俺の報告一つで、変わるんだぞ」


 下賤な輩に謝罪するなど、公爵としてのプライドが許さない。

 しかし、相手の機嫌を損ねるわけにもいかない。

 オズワルドは固い表情で声を絞り出す。


「………さっきの発言は撤回だ」


「俺の言ったことが聞こえなかったのか?」


「だから、さっきの発言は聞かなかったことに……」


「はあ? やっぱり聞こえてないんだよな? 取引は中止だ。王国と一緒にお前も沈めてやるよ。じゃあな」


 通信を終えると宣告するグレイ。

 オズワルドの脈が急激に早まる。


「っ! 申し訳ない。さっきの発言は取り消す! 私が悪かった! 頼む! これで許してくれ」


 頭を下げる音。

 グレイは大げさに驚いて見せる。  


「なんだ! 聞こえてたんだな。やっぱり、お前って耳遠いもんな。これからも大きな声でじゃべってやらなくちゃな! あはははははは!」


 オズワルドは顔面を赤く染め、頬を引きつらせた。

 

「……今回の、要件を教えてくれ」 


「リュウとかいう冒険者やってる餓鬼がいるだろ? そいつを潰したいんだよ」


 オズワルドは顔を顰めた。

 リュウは己に恥をかかせた相手。

 はっきり言って、二度と耳にしたくない名前だった。


「まさか、お前の口から、あの忌まわしき小僧の名前が出るとはな。小僧が何をした?」


「あの餓鬼はな。帝国の実験を何度も潰しやがったんだ。皇帝陛下が目障りだとおっしゃってんだよ」


 オズワルドは渋面を浮かべたまま、短くため息をつく。   

 そこらの冒険者程度であれば、自身の権力を使えば簡単に跪かせることができる。 

 しかし、リュウは王やその周囲の人物まで味方につけているのだ。

 屈辱的だが、放っておくしかない。オズワルドにとって、リュウとはそういう相手だった。

  

「なるほどな。しかし、小僧は王に気に入られている。リィオスやマルコとも近しい関係のようだ。簡単に始末できるとは思えん」


「だろ? だから、お前の協力が必要なんだよ」


「私に何をしろというんだ?」


 オズワルドにはできることがないのだ。

 グレイも承知しているはず。それでも、なお協力しろというグレイの真意がわからなかった。


「何、簡単なことよ」


 グレイはオズワルドの戸惑っている様子が目に浮かび、可笑して吹きだしそうになるのを堪えながら、真剣な声を出す。 


「やすらぎ亭の看板娘を攫ってこい」


「看板娘? 小僧となんの関係がある?」


 事情がつかめていないオズワルド。

 グレイが、ゆっくりと舌なめずりをした後、口を開く。


「餓鬼の女さ! そいつを餌に、餓鬼を引きずり出して、殺す」


 舌が動き、唾液の跳ねる気色悪い音がオズワルドの背筋に悪寒を走らせる。

 しかし、自分にできないリュウの始末をやってくれるというのだ。

 オズワルドにとって、十分メリットのある仕事だった。 

 しかし、それだけでは足りない。

 空虚感を満たすものが、まだ足りないのだ。


「あの小僧を殺してくれるというなら、喜んで手配したいところだ。しかし、今回の作戦がバレたら私の命も危ない。相応の見返りが欲しい」


 グレイは嫌らしい笑みを浮かべた。


「ああん? まあ、いいか。皇帝族の女のリスト送るからよ。好みのやつを適当に決めておけ。成功したら、くれてやるよ」


 オズワルドは思わず目を見開いた。

 皇帝の一族となれる可能性。

 しかも、好きな容姿の女が選べるというおまけつきだ。

 

「なに! 本当か!!」


「おうおう。食いつきいいねぇ。心配するなよ。皇帝陛下から、その辺の許可はとってあるさ。皇帝はこうおっしゃった。『今回の作戦が成功すれば帝国の勝利が大きく近づく。オズワルド卿には望む報酬を与えよ』ってな」


 皇帝からのお墨付きならば、間違いないだろう。

 そう思った瞬間、オズワルドの鼻穴が大きく広がった。


「ヒヒ……おっと、失礼。わかった。報酬に見合うだけの働きをすると約束しよう。それで、一つ頼みたいことがあるんだが」


「あ? なんだよ」


「モンスターの侵攻を数日間、止めてくれないか?」


「めんどくせぇ。ダメだ」

 と、グレイが不機嫌さを隠さずに言葉を返す。


 しかし、オズワルドも譲らない。

 失敗すれば、魅力的な報酬も、現在の地位も全て失ってしまうのだから、当然だ。


「身分証と断罪の水晶で犯罪者はすぐに特定される。加えて王都守護隊が警邏しているんだ。仮に攫えたとしても、閉じた王都の中なら捕まるのは時間の問題だ。この状況では手出しなぞできん」


 数秒の間。

 沈黙を破ったのはグレイの苛立った叫び声だった。


「あ゛あ゛ー。しょうがねぇな! 王都だけ、1週間止めてやる。それでなんとかしろ。あと、完全にはとめねぇぞ。王国の剣とやらの体力を削るのは、戦争に勝つための必須事項らしいんでな」


「十分だ」


「ふん。失敗すんなよ。じゃあな」


 通信を終えた両者は、それぞれの思惑を胸に、高笑いするのであった。 


 ◇◇◇

 

 火に照らされ揺れる2つの人影。

 公爵の私室は、まだ蝋燭が灯っていた。


「おい、ワトキン。聞いていただろう。手配しろ」


 弛緩した表情を戻し、威厳ある声色で執事に指示を出した。


「依頼料の制限は、なしでよろしいですか?」


「国外に逃げるしか術がなくなるんだからな。半端な報酬では動かんだろう。いくらでも積んでやるから、必ず達成できる奴を見つけてこい。計画は追って伝える」


「かしこまりました」


 ワトキンが頭を下げ、部屋から出て行った。

 オズワルドは瞳をギラつかせながら、ベットに腰かけた。


 ◆◆◆


 オズワルドとグレイが通信をした翌日。

 リーデンブルグ王城の議事堂で、政府高官を集めた緊急会議が、今まさに開かれようとしていた。

お読み頂きありがとうございます。

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