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ガチャ36 旅に出ることを伝えよう

 やすらぎ亭の客室で、細身の男が目を覚ます。呆然としながら、窓から差し込む光を見て黒い瞳を細めていた。


「……まぶしいな」


 太陽の輝きをいささか疎ましく感じながら、リュウは体を起こす。枕元に置いたディザイアクロックの飛龍が刻まれた白銀の蓋を開けると、深蒼の文字盤を周回する針達が8時を示している。


(もう、8時か。朝課の鐘もとっくに鳴り終わってるな。今日はエリーが起こしに来なかったか……。長い旅になるし、挨拶だけはしとかないとな。また、泣かれるのは困る)


 朝一番になると当然のようにやってくるエリーをリュウは思い出す。今朝は義理の妹というには距離の近すぎる美少女の澄みきった声が聞けないことに、少しだけ物寂しさを感じていた。

 

 エリーは赤の他人であり、過ごした時間も僅かだ。しかし、異世界で唯一の年齢の近しい知り合いで、無知なリュウに対し優しく接してくれた女性である。そんな優しい心を持つ美少女が、リュウならば心許せると言って慕ってくれるのだ。

 エリーに対し、情が湧いてしまうのも無理はなかった。


(帰りがいつになるかわからないと言ったら、怒るだろうな)


 苦笑いを浮かべながら、光沢のある漆黒の劣竜革のジャケットとボトムを身に着ける。いつでも抜剣できるように壁に立てかけておいたフレイムタンを腰に下げ、枕の下に隠していた魔弾の拳銃を引き抜きホルスターへと戻す。


(女将にエリーがどこにいるかを確認するか)


 客室を出たリュウは階段を下りて恰幅の良い女将がいるであろうカウンターへと向かった。


「おや。リュウじゃないか。来るのが遅かったから食事は片付けちまったよ。まぁ、アンタの場合は家の娘がサンドイッチ作ってるからいいんだろうけど」


 カウンター越しにリュウを見つけた女将が悪い顔をして笑っている。

 リュウはため息をつきながらも、エリーの居場所を知る女将に質問をするしかなかった。


「女将、エリーは何処にいる?」


「今日はちょっと食材の買い出しに行って貰ってるんだよ。そろそろ戻ってくる頃だと思うけどねぇ」


 リュウと女将がそんな話をしていると、やすらぎ亭の入り口のドアが開き、鈴の音が鳴る。


「んっ……。ただいまっ! もう! お母さん、こんなに買わせるなんて酷いよっ」


 栗色の髪を揺らしながら、力を入れて顔を上気させているエリーが帰ってきた。両手には、根菜類らしき物や緑黄色の野菜らしきものが沢山詰まった袋を下げている。


「なんだい。だらしないね。そんなことで根を上げるようじゃ、立派な女将になれないよっ」


「お母さんはちょっと体格良すぎなんだよ! 私はこんなに細いんだからしょうがないでしょ!!」


「……体格が良い? デブってことかい!! いっちゃあいけないことを言ったね! 」


「別にそこまで言ってないでしょ!!」


 女将とエリーの視線がぶつかり合い、火花が散っている。

 その後も言い合いを続ける2人を見てため息をつき、仕方がないという表情を浮かべてリュウが間に入った。


「親子喧嘩は、その辺にしておけ」


 鋭い視線がリュウの体を前後から挟む。リュウが居心地の悪さを感じながら両者を見やると、女将は肩を竦めており、エリーはバツが悪そうな顔をしていた。


「リ、リュウ兄さん、起きてたんですか……」


 恥ずかしいところを見られたという気持ちでいっぱいのエリーが赤面させながら上目づかいでリュウを見ている。


「ああ。ずっとここにいたぞ。見えなかったか?」


「……はい。階段寄りにいらっしゃったので、入り口からは見えませんでした」


 消え入りそうな声でエリーが答えた。


「そうか。朝から元気なのはいいことだが、俺以外の客が見てたら印象を悪くすると思うぞ」


 リュウはぎこちなさの残る微笑みを浮かべ、なるべく怖がらせないように優しく諭している。


「ごめんなさい……。ぷぷ」


「あっはっは! リュウ、変な顔になってるよ」


 ひきつった微笑みを浮かべたリュウを見て、女将とエリーは揃って腹を抱えて笑い出す。

 リュウは親子喧嘩を意外な形で終わらせたのだった。



 リュウとエリーと女将の3人は、誰もいない食堂を貸し切って世間話を話を続けていた。


「そういえば、リュウ。さっきのあたし達が喧嘩する前、家の娘を探してたじゃないか。何か用でもあったのかい?」


「ああ。しばらく長い旅に出ることにするから、それを伝えようと思ってたんだよ」


 エリーは目を見開いてリュウへと一歩詰め寄った。


「長い旅って、どこに行くんですか!?」


 帝国の手練れに関連する話をすれば、やすらぎ亭も被害に合う恐れがある。そう考えたリュウは全てを説明できないことにもどかしさを感じつつ、少しの嘘を混ぜて伝えるのだった。


「依頼の途中で厄介なトラブルに巻き込まれてな。どうにか逃げ帰ってこれたんだが、自分の未熟さを思い知ったよ。俺はもっと強くならないといけないらしい。だから、武者修行の旅に出る。……場所はまだ決まっていないけどな」


「……もしかして、リュウ兄さん、命を狙われているんですか?」


 心配そうな表情を浮かべてエリーがリュウを見つめている。

 エリーはリュウが短期間で凄まじい成長を遂げていることをリュウから聞いて知っていた。

 こんな短期間で魔法まで使えるようになった冒険者を他に知らないエリーは、才気ある若手冒険者ほど早死にするというジンクスを思い出す。


 才能ある若手冒険者は、同業である低ランク冒険者などから恨みを買いやすいし『新人潰し』と呼ばれる謎の集団に洗礼を浴びせられ重傷を負うことも多い。

 強いが故に貴族や商人からも目をつけられやすく、契約を巡って問題になることも少なくない。

 裏の世界の住人達にとっては、今後の商売の邪魔になってくる人間とみなされるという噂もある。実際に有力な若手冒険者が暗殺されてしまって王国中を騒がせたことも数回あるのだ。


 リュウに危険が迫っていることをエリーは直感していた。


「……まあな。冒険者ってのも楽じゃない」


「どうしてリュウ兄さんが命を狙われなきゃいけないの? こんなに優しい人なのに……」


 エリーは義理の兄と慕うリュウが殺されてしまうかもしれないと思うだけで感情が抑えきれなくなって大声が出てしまう。


「エリー! 声が大きいよ。この話が本当なら誰にも聞かれない方がいいだろう」


 誰もいない食堂ではあったが、ことの重大さを理解した女将はエリーを小声で注意した。

 エリーは女将に謝りながら、顔を下に向けて涙を流す。


「ごめん。でも、このままだとリュウ兄さんが危ない人に襲われちゃうよ。どうしよう……」


「確かにね。『新人潰し』や、ぶっとんだ貴族様から狙われたら大変だよ。大丈夫なのかい?」


「心配してくれるのは嬉しい。だが、俺はこれでもランクC冒険者だ。ただの雑魚相手に負けるようなことはないさ」


 冒険者の中でも素質ある者が努力を重ねてようやく至れるのがCランクである。大抵の冒険者は一生Dランクのままで過ごす。Cランクというのは一流と呼ばれる実力者の証なのだ。


「ええっ! もうCランクになったんですか!?」


「……リュウ、アンタはとんでもない大物らしいね」


「驚くのは早いぞ。……雷球」


 リュウはダメ押しとばかりに指先に魔力を集中させ、小さな雷球を発現させた。雷球の放つ光で食堂が一段と明るくなっていた。

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