ep.46 風のはじまりの朝
朝の空気はひんやりとして、草の上に落ちた露が静かに光っていた。 遠くで鳥が鳴き、町の外れでは冒険者たちがすでに動き始めている気配がする。
咲姫はふにゃっと伸びをしながら、 「ん~……朝なのです~……」 と、まだ半分眠った声で呟いた。焚き火の跡に近づき、残り香をくんくんと嗅ぐ。
紗綾は猫を抱いたまま、風の流れをじっと見ていた。 「……風が落ち着きませんね。誰かが動いています」 猫も同じ方向を見つめて、しっぽをゆらりと揺らす。
果林は団子の串を片手に、 「朝の団子はうまい~。でも今日はなんか、空気が違う気がする~」 と、ぼんやり呟いた。
風音は草の揺れを見つめ、静かに言葉を落とす。 「……風が乱れてる。重い気配が近い」 その声は小さいのに、場の空気を引き締める力があった。
風花は大鍋を磨きながら、柔らかく微笑んだ。 「今日の風は、少しざわついてるね。でも、怖がる風じゃないよ」 踊り子らしい、包み込むような声だった。
その頃、町の外れでは冒険者たちが準備をしていた。 剣を磨く者、地図を広げる者、焚き火を囲んで作戦を話す者。
彼らの背中越しに、 “重い足跡の残り香” だけが、風に混じって流れてきた。
まだ姿は見えない。 でも、確かに何かが近づいている。
咲姫がふと顔を上げる。 「……なんか、来るのです?」
紗綾は小さく頷いた。 「ええ。今日は、いつもと違う朝です」
風がひとつ、長く鳴った。




