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ひげがゆれるとき  作者: ねこちぁん
2章

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ep.28 香りの札と、よもぎの風

ep28「香りの札と、よもぎの風」

札場へ向かう道すがら、風がふわりと流れた。 それは、どこか草のような、でも甘くてやさしい香りだった。


「……なんか、草の匂い?」 悠真がふと立ち止まり、鼻をくすぐる風に目を細めた。


「この香り、知らないのです!」 咲姫がしっぽをぴんと立てて、くるくると回りはじめる。 「黄粉でも餡子でもないのです。しっぽが、くすぐったいのです!」


「草……っていうか、よもぎ?」 果林が眉をひそめて、風の流れを追うように顔を上げた。 「なんか、団子っぽい香りが混ざってる」


「団子!?」 咲姫がぴたりと止まり、風の向こうを見つめた。 「団子の香りなのですか!? それは、行くしかないのです!」


風に導かれるように、細い路地を曲がると、 そこにぽつんと佇む小さな団子屋があった。


木の看板には、手書きでこう書かれていた。


「風団子 よもぎ仕立て」


「……風団子?」 悠真がぽつりとつぶやく。


「なんか、札帳っぽい名前だね」 果林がくすっと笑った。


店先には、湯気を立てる串団子が並んでいた。 その中に、ひときわ鮮やかな緑色の団子がある。


「これが、新作の“よもぎ”だよ」 店の奥から、ふわりと現れたのは、 白い前掛けをつけた、ふしぎな雰囲気の店主だった。


「風の香りに気づいた子は、よく来るんだ」 店主は、悠真を見てにっこりと笑った。 「君も、風に呼ばれたんだろう?」


悠真は、少しだけ目を見開いた。 「……なんとなく、そんな気がしてきました」


咲姫はすでに団子の前に張りついていた。 「この団子、しっぽが勝手に揺れるのです! これはもう、買うしかないのです!」


「まったく……」 果林が苦笑しながら財布を取り出す。 「じゃあ、一本ずつ買っていこうか。札場の前に、ちょっと寄り道」


「寄り道じゃないのです。これは、風の導きなのです!」 咲姫が胸を張る。


悠真は、団子を受け取りながら、ふと視線を落とした。 串の先に、何かが引っかかっていた。


小さな紙片。 それは、見慣れた札のかたちをしていた。


悠真は、団子を受け取った手のひらをそっと返した。 串の先に引っかかっていた小さな紙片が、風に揺れている。


「……これ、札?」 果林がのぞきこむ。


咲姫がぴょんと跳ねて、悠真の手元をのぞいた。 「ほんとです! でも、いつもの札とちょっと違うのです」


紙片は、いつもの札よりも少し小さく、 表面には淡い緑の模様が浮かんでいた。 それは、よもぎの葉のような形をしていた。


「この札、団子の香りに似てるのです」 咲姫が鼻をひくひくと動かす。


「それ、団子が選んだんだよ」 店主が、湯気の向こうからふわりと声をかけてきた。 「風に乗って、香りに引かれて。  その札は、君たちのところに行きたがってたんだ」


「札が……団子にくっついてきたの?」 果林が眉をひそめる。


「いや、団子が札を連れてきたのさ」 店主は、にやりと笑った。


悠真がそっと札を開くと、 その表面に、ふわりと文字が浮かび上がった。


「どうして、あの子はよもぎ団子だけ残したのか?」


「……問い、なのです」 咲姫が、しっぽをぴんと立てた。


「誰のことだろう」 果林が札をのぞきこむ。 「“あの子”って、誰?」


「よもぎ団子だけ残したってことは……」 悠真が、団子を見つめながらつぶやいた。 「ちょっと苦いのが苦手だったのかな。  でも、なんで買ったんだろう。最初から選ばなきゃいいのに」


「それが問いなのよ」 紗夜が、静かに言った。 「選んだのに、残した。  その間に、何があったのか――風が知ってる」


咲姫が、よもぎ団子をひとくちかじった。 「……んん、ちょっとだけ苦いけど、あとから甘いのです」 「それがよもぎの良さだよ」店主がうなずく。 「苦さの奥に、やさしい甘さがある。  それが好きな子もいれば、苦手な子もいる」


「でも、買ったってことは……」 悠真が言いかけたとき、札がふわりと揺れた。


その揺れは、まるで「そう、それ」と言っているようだった。


店主は、湯気の向こうで団子を並べながら、ぽつりと語りはじめた。


「昔ね、この店に、よもぎ団子ばかり買っていく子がいたんだよ」 「よもぎばかり?」果林が首をかしげる。


「そう。いつも三本。全部よもぎ。  でもね、食べるのは二本だけ。残りの一本は、いつも置いていくんだ」


「置いていく……?」 咲姫が目を丸くする。


「そう。店の隅っこに、そっと。  誰にも渡さず、誰にも言わず。  まるで、誰かのために残してるみたいだった」


悠真が、よもぎ団子を見つめる。 「誰かのため……でも、その誰かは来なかった?」


店主は、少しだけ目を細めた。 「来なかったね。少なくとも、私の見た限りでは。  でも、香りは残った。  その団子の香りは、風に乗って、ずっとここに漂ってた」


「それが、札になったのですか?」 咲姫がそっと札を見つめる。


「そうかもしれないね。  問いってのは、誰かが言葉にできなかった気持ちの残り香。  団子の香りに混ざって、風に乗って、札になる」


札が、ふわりと光った。 その光は、よもぎの葉のようにやわらかく、 問いの輪郭を、少しだけほどいていく。


「……誰かのために残した団子。  でも、その誰かは来なかった。  それでも、残し続けた」 紗夜が、札をそっと撫でる。


「それって……さみしいのです」 咲姫が、しっぽをしゅんとさせる。


「でも、香りは残った。  それが風になる。  風は、誰かに届く。  そして、問いになる」 店主の声は、風のように静かだった。


札は、もう震えていなかった。 問いは、静かにほどけて、風に溶けていった。


「……届けようか」 悠真が、そっと札を手に取った。 その声は、風に乗せるようにやわらかかった。


「札場に持っていくのですか?」 咲姫が、名残惜しそうに団子を見つめる。


「うん。でも、その前に……」 悠真が、もう一度団子の棚を見やる。


「……もう一本、買っていこうかな」 そう言って、財布を取り出した。


「えっ、さっき“任務の途中”って言ってたのに」 果林が笑いながら肩をすくめる。


「うん。でも、なんか……この香り、忘れたくないなって」 悠真は、よもぎ団子を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。


「それは、風の記憶なのです」 咲姫が、しっぽをふわふわと揺らす。 「風は、香りで思い出すのです。だから、団子は大事なのです!」


「……団子が大事って言いたいだけでしょ」 果林が笑いながら、もう一本買い足していた。


「風は、寄り道の中にあるのさ」 店主が、団子を包みながら言った。 「まっすぐ進むだけじゃ、問いには出会えない。  香りに引かれて、ふと立ち止まる。  そういうときにこそ、風は語りかけてくるんだよ」


「……じゃあ、寄り道も任務のうちってことで」 悠真が、団子を受け取りながら笑った。


「うん、そういうことにしておこう」 果林も、どこか満足げにうなずいた。


咲姫は、買ったばかりの団子を大事そうに抱えていた。 「この団子、誰かにあげたいのです。  でも、誰にあげるかは……風に聞いてみるのです!」


「また問いが増えるな」 紗夜が、くすっと笑った。


「問いがあるってことは、風があるってことさ」 店主が、のれんを揺らしながら見送ってくれる。


風が、やさしく吹いた。 よもぎの香りが、ふわりと背中を押してくれる。


問いは、甘くて、ちょっとだけ苦かった。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。 ご感想やリアクションのひとつひとつが、 物語の奥にある問いを照らす光となります。 ゆるやかな歩みではございますが、これからも見守っていただけましたら幸いです。

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