表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひげがゆれるとき  作者: ねこちぁん
2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/197

ep.27 祠の風、裂け目の香り・後

風が、またひとつ揺れた。 さっきよりも、少しだけ軽やかに。 空気の層が、ふわりとほどける。


木香太郎が、祠の奥を見つめてつぶやいた。 「来る。もう、風が呼んでいる」


咲姫が鼻をひくひくと動かす。 「この香り、知ってる気がするのです……」 彼女は目を細め、風の奥をじっと見つめた。 「なんだか、懐かしいような……」


そのときだった。 誰かが、すぐ隣で笑った。


「やあやあ、咲姫。元気そうで何よりだ」


振り返ると、そこに“もういた”。 風の流れに溶け込むように、 羅天次郎らてじろうが、軽やかに立っていた。


淡い灰色の耳と、しなやかな体つき。 しっぽは風に合わせて、くるりと弧を描いている。


「らて兄なのです!」 咲姫がぱっと駆け寄ると、羅天次郎はふわりと彼女の頭を撫でた。


「しっぽ、まだ重そうだな」 「でも、さっきよりは、ちょっとだけ揺れたのです!」


「そりゃよかった」 羅天次郎はにっこりと笑った。


「……団子の香りに釣られて来たんじゃないの?」 果林が、じろりと睨む。


「いやいや、風の乱れが気になってね」 そう言いながら、黄楠三郎きなさぶろうが、 いつの間にか果林の隣に腰を下ろしていた。 手には、どこからか取り出した串団子。


「……また勝手に持ってきたのですか?」 咲姫が呆れたように言う。


「いや、これは風がくれたんだよ。たぶん」 黄楠三郎は、もぐもぐと団子をかじった。


「……それ、私の分だったんだけど」 果林が小さくため息をつく。


誰も気づかなかった。 ただ、紗夜がふと視線を上げたとき、 そこに、庵香四郎あんこしろうが立っていた。


彼は何も言わず、ただ札を見つめていた。 そのしっぽだけが、風の裂け目に触れるように、静かに揺れていた。


「……あんこ兄」 咲姫がそっとつぶやいた。


庵香四郎は、咲姫の声にゆっくりと目を向けた。 けれど、何も言わなかった。 その沈黙が、かえって深く響いた。


四兄弟が揃った。 風が、重なった。 音もなく、香りもなく、ただ確かに。


悠真は思わず息をのんだ。 「……風が、重なっていく」


「じゃあ、始めようか」 羅天次郎が、軽やかに手を広げた。


「風を整えるのですか?」 咲姫が目を輝かせる。


「そう。風はね、ただ吹いてるだけじゃない。  重なり、ほどけ、巡って、問いを運ぶ。  俺たちは、その流れを“整える”だけさ」


羅天次郎は、そっと目を閉じた。 すると、彼のしっぽがふわりと舞い上がる。 その動きに合わせて、空気がやわらかく波打った。


「まずは、風の通り道をつくる」 彼の声が、風に乗って広がっていく。


黄楠三郎が、団子を食べ終えた串をくるくると回しながら立ち上がった。 「じゃあ、次は俺の番かな」


彼は祠の前に歩み寄り、空気を嗅ぐように鼻をすんすんと動かす。 「うん、やっぱり混ざってるな。問いの香りと、いろんな記憶の層が」


黄楠三郎は、指先で空中をなぞるように動かす。 すると、風の中に淡い色の層が浮かび上がった。 それはまるで、香りの帯が重なっているようだった。


「香りの層を分ける。問いの芯を、浮かせるために」


彼のしっぽが、香りの帯をすくうように揺れた。 すると、ひとつの香りだけが、ふわりと際立った。


「……これだ。問いの残り香」


庵香四郎は、何も言わずに一歩前に出た。 彼の動きは、風の裂け目に触れるように静かだった。


彼は札の前にしゃがみこみ、指先で札の縁をなぞった。 その瞬間、札がかすかに震えた。


「裂け目に触れる」 木香太郎が、ぽつりとつぶやいた。 「問いの芯を引き出すのは、あんこにしかできない」


庵香四郎のしっぽが、札の上をすっとなぞる。 その動きに合わせて、札の表面に淡い紋が浮かび上がった。


それは、言葉になる前の、問いのかたち。


木香太郎が、最後に一歩前に出た。 「整え、完了だ」


彼が札に手をかざすと、風が一度だけ深く息を吐いたように揺れた。 そして、札が淡く光りはじめた。


「問いが……語りはじめた」 紗夜が、静かに言った。


札が淡く光りながら、かすかに震えていた。 その震えは、まるで何かを言いかけているようだった。


咲姫のしっぽが、ふわりと揺れた。 それは、風に乗って自然に舞う、いつものしっぽだった。


「……しっぽ、完全復活なのです!」 咲姫がくるくると回りながら、嬉しそうに言った。


「よかったな」 羅天次郎が笑う。


「団子の香りも、戻ってきたみたい」 果林が、懐から新しい串団子を取り出して鼻を近づける。


「うん、これは合格」 黄楠三郎がすかさず手を伸ばすが、果林にぴしゃりと叩かれた。


「さっき食べたでしょ」 「えー、整えたご褒美にもう一本くらい……」


「団子は風のご褒美じゃないのです」 咲姫が真顔で言い、みんながふっと笑った。


庵香四郎は、札の前に立ったまま動かない。 彼の目は、札の奥にある“まだ語られぬ問い”を見つめていた。


「問いは、まだ形になっていない」 木香太郎が、静かに言った。 「けれど、もうすぐ語りはじめる。  風が整えば、言葉は自然に浮かぶ」


紗夜が、札をそっと手に取った。 その手のひらに、札の温もりがじんわりと広がる。


「これは……“まだ言えなかった言葉”」 彼女の声は、風に溶けるように静かだった。


悠真は、札を見つめながら思った。 問いは、答えを求めているのではない。 ただ、語られるのを待っているだけなのかもしれない。


風が、やわらかく吹いた。 それは、問いの重さを包み込むような、優しい風だった。


「整えは、まだ始まったばかりだ」 木香太郎が、空を見上げながらつぶやいた。


「じゃあ、これからも……?」 咲姫が、しっぽを揺らしながら見上げる。


「そうだ。風は、まだ語り足りないらしい」 羅天次郎が、にやりと笑った。


「団子も、まだ足りないしね」 黄楠三郎が、どこからか新しい串を取り出す。


「……それ、どこから出したの?」 果林が呆れたように聞くと、黄楠三郎は肩をすくめた。


「風の懐、ってやつさ」


庵香四郎は、そっと札を祠に戻した。 その動作は、まるで問いをそっと寝かせるように、やさしかった。


問いは、まだ終わっていない。 けれど、ようやく――語りはじめた。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。 ご感想やリアクションのひとつひとつが、 物語の奥にある問いを照らす光となります。 ゆるやかな歩みではございますが、これからも見守っていただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ