ep.4 札所の帳と修徒の名
はじめまして。 異世界転生ものを書いてみたくて、思い切って投稿してみました。 魔法が使えるようになる話ですが、いきなり強くなったりはしません。 ちょっとずつ、言葉を覚えて、魔法を学んでいく感じのゆるい成長物語です。 初心者ですが、楽しんでもらえたらうれしいです!
社の空気を胸に残したまま、俺は猫影茶屋を後にした。 焙じ茶の香りがまだ鼻の奥に残っていて、風が頬を撫でるたびに、あの静かな祈りの場が少しずつ遠ざかっていくのがわかった。
「……あれが、猫神様の声……?」
言葉にはならない。 でも、胸の奥に残る“響き”は確かにあった。 音でも意味でもなくて、ただ“感じる”もの。 巫女の祈りと、あの鈴の音が、俺の中に何かを残していった。
「こっち。受付、済ませとこうか」
ミナが先を歩きながら、振り返って声をかけてくる。 その背中は軽やかで、さっきまでの神秘的な空気とはまるで違っていた。 でも、俺の胸の奥には、まだあの白装束の巫女の言葉が残っていた。
“素養は、まだ揺らいでいます”
意味はわからない。 けれど、あのとき感じた胸の奥の揺らぎは、今も消えていない。 それは、猫神様の“沈黙”が残した余韻のようだった。
札所は、町の一角にある木造の建物だった。 外から見ると質素だけど、柱には猫神様の印が彫られていて、どこか神聖な気配が漂っていた。 入口には札が吊るされていて、風に揺れるたびに、まるで依頼そのものが風に乗って届いてくるようだった。
中に入ると、木のカウンターと札棚が並んでいて、壁にはびっしりと依頼札が貼られていた。 墨で書かれた札には、報酬額と内容が記されていて、どれも現実的で、ちょっと泥臭い。 魔物退治、薬草採取、荷運び、猫神社の掃除――この世界の“日常”が、そこにはあった。
受付には中年の男性が座っていて、帳面を広げて筆を走らせていた。 ミナが一歩前に出て、はっきりと声をかける。
「新規登録。転生者。名前は悠真」
男性は筆を止めて、俺をちらりと見た。 その視線は鋭いけど、どこか慣れているようでもあった。
「素養は?」
「Oralis理解、反応あり。まだ微弱だけどね」
「ふむ……」
短くうなずいて、また筆が走る。 墨の香りがふわっと漂ってきて、その音と匂いに、なぜか少しだけ落ち着きを覚えた。
「修徒帳、発行するよ。初徒扱い。依頼は札場で確認してくれ」
手渡された帳を見つめる。 木の表紙には、猫の爪痕みたいな模様が刻まれていて、触れると指先にざらりとした感触が残った。 それは、ただの帳面じゃなかった。 この世界で生きるための“名札”であり、“証”だった。
「これが……修徒帳?」
「そう。あんたは今日から修徒士。飯代くらいは稼げるよ」
ミナがそう言って笑った。 その笑顔は、さっきの巫女の静けさと対照的で、俺は少しだけ安心した。 この世界には、神秘と現実が混ざり合っている。 その両方を受け入れていくことが、きっと“生きる”ってことなんだろう。
受付を終えて、札場へ向かう途中。 俺は帳を胸に抱えながら、ふと茶屋の方を振り返った。
障子の奥に、白い装束の影が見えた気がした。 ほんの一瞬。 風が吹いて、湯気が揺れて、影はすぐに流されて消えた。
でも、胸の奥には、確かに“響き”が残っていた。 それは言葉じゃない。 でも、猫神様がそっと通り過ぎたような、そんな気配だった。
そして、帳の表紙に刻まれた爪痕が、ほんのわずかに温かく感じられた。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました!
異世界転生もの恒例?の冒険者ギルドです。
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