te.3 風の気配を整える者たち
風の中には、まだ名もない問いが漂っています。 それらを整える者たちがいることを、私は知っています。 札帳には記されず、ただ、風の気配を整えるだけの存在。 ――紗綾
「問いの風」
札帳が沈黙するとき、 それは“問い”が風に溶けたときだ。
札は本来、場所や記憶を指し示すもの。 でも、問いは違う。 問いは、風に乗って、まだ見ぬ場面を探しにいく。
昔、ある風があった。 その風は、問いばかりを集めていた。 「なぜ?」「どこ?」「誰?」 答えを持たないまま、ただ風の中を漂っていた。
ある日、その風が一枚の札に触れた。 でも札は、何も答えなかった。 ただ、問いの形をしたまま、風に揺れていた。
問いには、重さがある。 それは、誰かの記憶の重さ。 誰かが忘れたこと、思い出せないこと、 まだ言葉にならない気持ちのかけら。
風は、それを運ぶ。 でも、答えを持っているわけじゃない。 風はただ、問いを運び、 どこかの場面に“ほころび”をつくるだけ。
札帳が沈黙するのは、 その“ほころび”が生まれた証。 問いが、風に溶けて、 場面そのものを揺らしはじめたとき。
だから、札帳が反応しないときは、 耳をすませばいい。 風の音に、問いのかけらが混ざっている。 それは、まだ誰のものでもない記憶。 でも、きっと誰かが拾う。
問いの風は、答えを探しているんじゃない。 ただ、誰かの沈黙に寄り添っているだけ。
――昔、そう教えてくれた猫がいた。 しっぽの揺れ方で、風の向きを教えてくれた猫。 名前は、まだ思い出せないけれど。
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「札の裏側」
札には、表と裏がある。 表は、記憶と場所を記すもの。 裏は、動きと気配を記すもの。
猫魔士が使う札は、風に乗る。 神導師が使う札は、祈りに染まる。 兎魔士が使う札は、跳ねるように発動する。
でも、どの札にも“裏側”がある。 それは、札帳には記録されない。 風の中にだけ、そっと存在している。
その裏側を動かす者たちを、 “猫影士”と呼ぶ。 札の実行部隊。 非公式札の使い手。 風の中に潜み、札の気配を整える者たち。
昔、ある札が暴走したことがある。 問いが強すぎて、場面が裂けた。 そのとき、風の奥から二つの気配が現れた。
一つは、気配の薄い者。 もう一つは、天邪鬼な者。 彼らは、札帳に記録されることなく、 場面の裂け目をそっと縫い合わせた。
その後、猫魔士の咲姫が「猫神様の影札なのです!」と叫び、 神導師の紗綾が「札帳には記録されない札があるようです」と静かに言い、 兎魔士の果林が「団子で呼べるなら、もう一串持ってきます」とつぶやいた。
その言葉が、札の裏側を少しだけ照らした。
影札は、問いに答えない。 ただ、問いの“動き”を整える。 風の中で、誰にも見えないまま、 札の気配を縫い合わせていく。
――その存在を、風は知っている。 でも、札帳は知らない。 だからこそ、彼らは“非公式札”なのだ。
次に風が裂けるとき、 その気配が、もう少しだけ近づいてくるかもしれない。
記録者は、まだ名乗らない。 でも、しっぽの揺れ方で、風の向きを教えてくれるだろう。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
ご感想やリアクションのひとつひとつが、 物語の奥にある問いを照らす光となります。
ゆるやかな歩みではございますが、これからも見守っていただけましたら幸いです。




