te.2 風の気まぐれ
「風の裂け目」:主人公視点
あのとき、風は吹いていた。 でも、何も運んでこなかった。 札帳は静かで、咲姫たちの声も遠くて、 ミナの笑顔だけが、風の中に浮かんでいた。
ぼくは、黙っていた。 言葉にできることが、何もなかったから。 札の意味も、風の流れも、 全部、誰かの方がよくわかってる気がして。
でも、ほんとうは―― 風の音が、少しだけ違って聞こえていた。 誰にも言わなかったけど、 あのときの風は、何かを“隠してる”ように感じた。
咲姫が「猫神様の気まぐれなのです!」って言ったとき、 ぼくは、うなずくだけだった。 紗綾が札帳を開いて、筆を止めたときも、 果林が団子を差し出したときも、 ぼくは、ただ風の音を聞いていた。
それは、風の“裂け目”だったのかもしれない。 今思えば、あの沈黙は、 風が何かを守っていた時間だった。
ミナが、ふと立ち止まったとき、 ぼくは、彼女の背中を見ていた。 その髪が、風に揺れるたびに、 何かが“ほどけていく”ような気がした。
「……この札、前にも見たことある気がする」
ミナがそう言ったとき、 ぼくの中にも、何かが揺れた。 でも、それが“記憶”なのか“気配”なのか、わからなかった。
今、風が裂けて、場面が変わった。 札帳の印は問いのまま、 でも、ぼくの中では、あの沈黙が“答え”になりはじめている。
言葉にできなかった時間。 誰にも言わなかった違和感。 それが、風の裂け目だった。
次は、ミナの記憶が揺れる番だ。 猫のしっぽが、風の中で揺れている。
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「猫のしっぽの記憶」:ミナ視点
あの猫のしっぽは、風と同じだった。 気まぐれで、やわらかくて、 でも、どこか“決まった形”を持っていた。
最初に見たとき、思った。 「……あの揺れ方、知ってる」って。
でも、どこで? いつ? 誰と? 思い出そうとすると、風がふっと逃げていく。 まるで、記憶そのものが“しっぽ”みたいだった。
昔、住んでた町がある。 坂が多くて、夕方になると風がよく吹いた。 その風の中に、猫がいた気がする。 でも、顔は思い出せない。 名前も、声も、何も。
ただ、しっぽの揺れ方だけが、 今も胸の奥に残ってる。
モカ・ラテを見たとき、 その記憶がふっと揺れた。 でも、それが“自分の記憶”かどうか、わからなかった。
もしかしたら、誰かの記憶が風に混ざって、 わたしの中に入り込んだのかもしれない。 札帳の問いが、記憶に触れたのかもしれない。
「……この猫、昔、うちの近くにいた気がする」
そう言ったとき、主人公が少しだけ驚いた顔をした。 でも、何も言わなかった。 その沈黙が、やさしかった。
今、風が裂けて、場面が変わった。 空気の色も、匂いも、少し違う。 でも、しっぽの揺れ方だけは、変わらない。
それは、記憶の中の風。 わたしのものか、誰かのものか、もう関係ない。 風が混ざったなら、それでいい。
次は、果林の風が動く番だ。 団子の香りが届かない場所で、 風が、何かを探している。
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「札のない風」:果林視点
団子の香りが、届かない。
それに気づいたのは、風が止んだあとだった。 いつもなら、焼きたての香りがふわっと広がって、 咲姫が「おかわりなのです!」って言い出すのに、 今日は、誰も何も言わなかった。
札帳も、沈黙したままだった。
「……風が、団子を無視してる」
そうつぶやいたとき、 紗綾が少しだけこちらを見た。 でも、何も言わなかった。 その沈黙が、少しだけ重かった。
札帳が反応しないのは、初めてじゃない。 でも、今回は違った。 風が、団子の香りを“避けてる”ように感じた。
まるで、風の中に“別の誰か”がいて、 その誰かが、団子を知らないふりをしてるみたいだった。
「……札がない風って、あるのかな」
誰に聞いたわけでもない。 でも、口に出してみたくなった。
咲姫は「猫神様の気まぐれなのです!」って言ったけど、 それだけじゃない気がした。 風が、何かを“隠してる”ように感じた。
そのとき、ふっと気配がした。 団子の串が、風に揺れた。 でも、誰もいなかった。
「……今、誰かいた?」
誰も答えなかった。 でも、風だけが、少しだけ笑った気がした。
札帳が沈黙しても、風は動いてる。 その風の中に、まだ見ぬ誰かがいる。 団子の香りに反応しない、 でも、しっぽのように静かに揺れる気配。
次に会うときは、 団子を二串、用意しておこうと思った。
最後まで読んでくださって、ありがとうなのです〜 感想やアドバイス、そっといただけたら嬉しいのです。 ★やリアクションで応援してもらえると、咲姫のしっぽがぽわぽわ揺れるのです〜 のんびり更新ですが、これからもよろしくお願いしますのですっ!




