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ひげがゆれるとき  作者: ねこちぁん
1章

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閑話:蕎麦とそば茶の香り― 300PV記念回

「ねえ、覚えてる?」 果林が縁側に腰を下ろしながら、ふっと笑った。


「何を?」 悠真が首をかしげる。


「最初の町で食べた蕎麦。細くて、長くて……あの香りが旅の始まりを思い出させてくれるんだよ」


咲姫はしっぽをぶんぶん振りながら声を弾ませた。 「そうなのです! 団子も美味しかったけど、蕎麦も忘れちゃだめなのです!」


紗綾は札帳を開き、静かに筆を走らせる。 「蕎麦は“歩みの糸”の象徴。細く長く続く道を示す香り。団子が記憶を包むなら、蕎麦は旅をつなぐものね」


悠真は頷き、蕎麦をすする音を思い出す。 「ずずっ……って音が、歩みのリズムみたいだった。あれからいろんな問いを越えてきたけど、始まりの蕎麦があったから進めた気がする」


――


果林は小さな包みを取り出した。 「今日の節目に、蕎麦団子を作ってみたの。蕎麦粉を練って黒蜜をかけて……ちょっと変わり種だけど、香りはちゃんと蕎麦だよ」


咲姫が目を輝かせる。 「食べたいのです! 旅の記録はお腹にも残すのです!」


そのとき、宿の女将が湯気の立つ急須を持ってきた。 「蕎麦にはそば茶が合うでしょう。香ばしい香りが、旅の疲れを癒してくれるわ」


果林は湯呑を受け取り、そっと口に含んだ。 「……やさしいね。蕎麦が歩みなら、そば茶は休息。細い糸を支える温もりだ」


紗綾は札帳に記す。 「風の記録:日付・焦香月二十三日。香り・蕎麦粉と黒蜜、そば茶。問い・旅の始まりを思い出す。記録者・紗綾」


悠真は仲間を見渡し、静かに言った。 「団子も蕎麦も、そしてそば茶も……全部が旅の力だ。節目をこうして残せるのは、仲間がいるからだね」


――


夜の札場に、蕎麦とそば茶の香りがふわりと広がった。 それは旅の始まりを思い出させる風であり、これから続く道を照らす灯でもあった。


こうして札帳に、またひとつ特別な風が重なった。

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