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ひげがゆれるとき  作者: ねこちぁん
3章~【咲姫編】風の記憶、影の願い

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クリスマス特別閑話集『銀の飾りが揺れる夜』

「…来てくれると思ってた」


アリシアは、ストーブの前に座ったまま、マグカップを両手で包んでいた。 部屋の灯りは落としてあって、代わりに小さなランタンが、 壁にやわらかな影を揺らしている。


彼女のひざには、ふわふわのブランケット。 足元には、湯気の立つやかんと、ふたり分のカップ。 そして、テーブルの上には、ひと皿の焼き菓子と、 小さな瓶に挿された、針葉樹の枝。


「クリスマスって、特別なことをしなくても、  誰かと静かに過ごせたら、それでいいのかもしれないね」


あなたがコートを脱ぐと、アリシアは立ち上がって、 そっとブランケットの端を差し出した。


「寒かったでしょ。…こっち、どうぞ」


ふたりで並んで座ると、ストーブの熱がじんわりと伝わってくる。 アリシアの髪が、火の揺らぎに照らされて、やわらかく光っていた。


「これ、さっき焼いたの。  ちょっと焦げちゃったけど…味は、たぶん大丈夫」


差し出されたクッキーは、ほんのりシナモンの香りがして、 かじると、ほろりと崩れた。


「…うん、美味しい」


あなたがそう言うと、アリシアは少しだけ目を細めた。


しばらく、ふたりでカップを手にしたまま、 何も言わずにストーブの火を見つめていた。


「ねえ、あなたは…こういう夜、好き?」


ふいにアリシアがそう尋ねた。 あなたがうなずくと、彼女はふっと息を吐いた。


「よかった。  私、にぎやかなパーティとか、ちょっと苦手で。  でも、こうして静かに過ごすのは、すごく好き。  …あなたが隣にいてくれるなら、なおさら」


窓の外では、風が木々の枝を揺らしていた。 その音にまぎれて、アリシアのひげ飾りが、かすかに揺れる。 それは、彼女が冬になるとよくつけている、 小さな銀の飾りがついた、あたたかそうなマフラーの端。


「…あ、これ? 去年あなたが褒めてくれたから、また出してきたの」


そう言って、アリシアは少しだけ照れたように笑った。


夜が更けて、カップの中身が冷めかけた頃。 アリシアは、そっとあなたの手に触れた。


「来年も、こうして過ごせたらいいな。  あなたが、隣にいてくれるなら」


その声は、火の揺らぎよりも静かで、 でも、確かに心に届いた。


あなたが帰るとき、アリシアは玄関まで見送りに来た。 マフラーの端が、風に揺れて、銀の飾りが小さく音を立てる。


「気をつけて。…また、ね」


その言葉に、あなたがうなずくと、 彼女はそっと手を振った。


帰り道、あなたの耳に残っていたのは、 あの小さな“ひげ”の揺れる音だった。 まるで、アリシアの気持ちが、風に乗って届いてくるような―― そんな、静かな夜だった。

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