クリスマス特別閑話集『銀の飾りが揺れる夜』
「…来てくれると思ってた」
アリシアは、ストーブの前に座ったまま、マグカップを両手で包んでいた。 部屋の灯りは落としてあって、代わりに小さなランタンが、 壁にやわらかな影を揺らしている。
彼女のひざには、ふわふわのブランケット。 足元には、湯気の立つやかんと、ふたり分のカップ。 そして、テーブルの上には、ひと皿の焼き菓子と、 小さな瓶に挿された、針葉樹の枝。
「クリスマスって、特別なことをしなくても、 誰かと静かに過ごせたら、それでいいのかもしれないね」
あなたがコートを脱ぐと、アリシアは立ち上がって、 そっとブランケットの端を差し出した。
「寒かったでしょ。…こっち、どうぞ」
ふたりで並んで座ると、ストーブの熱がじんわりと伝わってくる。 アリシアの髪が、火の揺らぎに照らされて、やわらかく光っていた。
「これ、さっき焼いたの。 ちょっと焦げちゃったけど…味は、たぶん大丈夫」
差し出されたクッキーは、ほんのりシナモンの香りがして、 かじると、ほろりと崩れた。
「…うん、美味しい」
あなたがそう言うと、アリシアは少しだけ目を細めた。
しばらく、ふたりでカップを手にしたまま、 何も言わずにストーブの火を見つめていた。
「ねえ、あなたは…こういう夜、好き?」
ふいにアリシアがそう尋ねた。 あなたがうなずくと、彼女はふっと息を吐いた。
「よかった。 私、にぎやかなパーティとか、ちょっと苦手で。 でも、こうして静かに過ごすのは、すごく好き。 …あなたが隣にいてくれるなら、なおさら」
窓の外では、風が木々の枝を揺らしていた。 その音にまぎれて、アリシアのひげ飾りが、かすかに揺れる。 それは、彼女が冬になるとよくつけている、 小さな銀の飾りがついた、あたたかそうなマフラーの端。
「…あ、これ? 去年あなたが褒めてくれたから、また出してきたの」
そう言って、アリシアは少しだけ照れたように笑った。
夜が更けて、カップの中身が冷めかけた頃。 アリシアは、そっとあなたの手に触れた。
「来年も、こうして過ごせたらいいな。 あなたが、隣にいてくれるなら」
その声は、火の揺らぎよりも静かで、 でも、確かに心に届いた。
あなたが帰るとき、アリシアは玄関まで見送りに来た。 マフラーの端が、風に揺れて、銀の飾りが小さく音を立てる。
「気をつけて。…また、ね」
その言葉に、あなたがうなずくと、 彼女はそっと手を振った。
帰り道、あなたの耳に残っていたのは、 あの小さな“ひげ”の揺れる音だった。 まるで、アリシアの気持ちが、風に乗って届いてくるような―― そんな、静かな夜だった。




