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ひげがゆれるとき  作者: ねこちぁん
3章~【咲姫編】風の記憶、影の願い

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クリスマス特別閑話集『紗代の、ことことクリスマス』

「…あの、これ、受け取ってくれる?」


玄関を開けたあなたに、紗代は紙袋を差し出した。 手袋をしたままの手が、少しだけ震えている。 中には、手編みのミトンと、ほんのり甘い香りのするクッキーの詰め合わせ。


「売り物みたいにはいかないけど…がんばって作ったの。あなたのために」


そう言って、彼女は少しだけ目をそらした。


部屋の中は、やさしい灯りと、オーブンから漂うバターの香りに包まれていた。 テーブルには、手作りの料理が並んでいる。 煮込みハンバーグ、ポテトグラタン、彩り野菜のマリネ。 どれも、紗代が「あなたの好きなもの」を思い出しながら作ったものだ。


「…ちょっと味見してくれる?」


差し出されたスプーンには、まだ湯気の立つグラタン。 あなたが頷いて口に運ぶと、紗代はそっと表情をうかがう。


「どう? しょっぱくない?」


あなたが「ちょうどいい」と答えると、彼女はほっとしたように微笑んだ。


食事のあとは、ふたりでホットミルクを飲みながら、 小さなツリーの灯りを眺めていた。


「ねえ、クリスマスって、子どもの頃はもっと特別だった気がするの。  朝起きたらプレゼントがあって、ケーキがあって、家族がいて…」


紗代は、マグカップを両手で包みながら、ぽつりと続けた。


「大人になると、そういうの、だんだん減っていくでしょ?  でも、私はやっぱり、誰かのために準備するのが好きなの。  喜んでもらえるかなって考える時間が、いちばん楽しいから」


あなたが持ってきたプレゼントを渡すと、 紗代は驚いたように目を見開いた。


「えっ、私にも? …ありがとう。うれしい」


包みを開ける手が、少しだけ震えている。 中から出てきたのは、シンプルなデザインのマグカップ。 彼女が前に「こういうの、好き」と言っていたのを、あなたは覚えていた。


「…ちゃんと、覚えててくれたんだね」


紗代は、マグカップを胸に抱きしめるようにして、そっと笑った。


夜も更けて、あなたが帰ろうと立ち上がると、 紗代は玄関まで見送りに来た。


「今日は、来てくれてありがとう。  …ほんとはね、もう少し一緒にいたかったけど」


その言葉に、あなたが振り返ると、 彼女は少しだけ頬を赤らめて、視線を落とした。


「…来年も、また来てくれる?」


その問いかけは、まっすぐで、どこか不器用で、 でも確かに、あなたの心に届いた。


外に出ると、雪が静かに降り始めていた。 手には、紗代の手編みのミトン。 指先から、じんわりとあたたかさが広がっていく。


あなたは、振り返ってもう一度、彼女の部屋の灯りを見上げた。 その光は、まるで心の奥にともる、小さなキャンドルのようだった。

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