クリスマス特別閑話集『紗代の、ことことクリスマス』
「…あの、これ、受け取ってくれる?」
玄関を開けたあなたに、紗代は紙袋を差し出した。 手袋をしたままの手が、少しだけ震えている。 中には、手編みのミトンと、ほんのり甘い香りのするクッキーの詰め合わせ。
「売り物みたいにはいかないけど…がんばって作ったの。あなたのために」
そう言って、彼女は少しだけ目をそらした。
部屋の中は、やさしい灯りと、オーブンから漂うバターの香りに包まれていた。 テーブルには、手作りの料理が並んでいる。 煮込みハンバーグ、ポテトグラタン、彩り野菜のマリネ。 どれも、紗代が「あなたの好きなもの」を思い出しながら作ったものだ。
「…ちょっと味見してくれる?」
差し出されたスプーンには、まだ湯気の立つグラタン。 あなたが頷いて口に運ぶと、紗代はそっと表情をうかがう。
「どう? しょっぱくない?」
あなたが「ちょうどいい」と答えると、彼女はほっとしたように微笑んだ。
食事のあとは、ふたりでホットミルクを飲みながら、 小さなツリーの灯りを眺めていた。
「ねえ、クリスマスって、子どもの頃はもっと特別だった気がするの。 朝起きたらプレゼントがあって、ケーキがあって、家族がいて…」
紗代は、マグカップを両手で包みながら、ぽつりと続けた。
「大人になると、そういうの、だんだん減っていくでしょ? でも、私はやっぱり、誰かのために準備するのが好きなの。 喜んでもらえるかなって考える時間が、いちばん楽しいから」
あなたが持ってきたプレゼントを渡すと、 紗代は驚いたように目を見開いた。
「えっ、私にも? …ありがとう。うれしい」
包みを開ける手が、少しだけ震えている。 中から出てきたのは、シンプルなデザインのマグカップ。 彼女が前に「こういうの、好き」と言っていたのを、あなたは覚えていた。
「…ちゃんと、覚えててくれたんだね」
紗代は、マグカップを胸に抱きしめるようにして、そっと笑った。
夜も更けて、あなたが帰ろうと立ち上がると、 紗代は玄関まで見送りに来た。
「今日は、来てくれてありがとう。 …ほんとはね、もう少し一緒にいたかったけど」
その言葉に、あなたが振り返ると、 彼女は少しだけ頬を赤らめて、視線を落とした。
「…来年も、また来てくれる?」
その問いかけは、まっすぐで、どこか不器用で、 でも確かに、あなたの心に届いた。
外に出ると、雪が静かに降り始めていた。 手には、紗代の手編みのミトン。 指先から、じんわりとあたたかさが広がっていく。
あなたは、振り返ってもう一度、彼女の部屋の灯りを見上げた。 その光は、まるで心の奥にともる、小さなキャンドルのようだった。




