クリスマス特別閑話集『波留さんと、静かな夜に』
「寒くない?」
そう言って、波留さんは自分のマフラーを半分、あなたの肩にかけた。 イルミネーションの光が、彼女の横顔をやわらかく照らしている。 人通りの少ない並木道。遠くから聞こえるジングルベルの音が、どこか遠い世界のもののように感じられた。
「クリスマスって、誰かと歩くにはちょうどいい夜だと思わない?」
彼女の声は静かで、けれど不思議と心に残る。 あなたがうなずくと、波留さんはふっと笑った。
「昔はね、こういうの、苦手だったの」
歩きながら、彼女はぽつりと話し始めた。 「街が浮かれてるときに、自分だけ取り残されてる気がして。 誰かと過ごすのが当たり前、みたいな空気が、ちょっとだけ苦しかった」
あなたは、何も言わずに彼女の歩調に合わせる。 波留さんは、そんなあなたの沈黙を責めることもなく、むしろ安心したように続けた。
「でも、今は違う。 誰かと静かに歩ける夜があるって、すごく贅沢なことだって思えるようになったの。 …あなたとなら、ね」
ふたりで立ち寄ったのは、小さなカフェだった。 クリスマスの夜にしては珍しく空いていて、奥の席に通される。 窓際の席からは、街の灯りがちらちらと見えた。
「ホットワイン、飲める?」
あなたがうなずくと、波留さんはメニューを閉じて、店員に静かに注文を伝えた。 やがて運ばれてきたグラスからは、シナモンとオレンジの香りが立ちのぼる。
「乾杯、ってほどじゃないけど…」 波留さんはグラスを軽く持ち上げた。 「今夜に、そして…あなたに」
会話は多くなかった。 でも、沈黙が気まずくなることは一度もなかった。 波留さんは、言葉よりも視線や仕草で、あなたのことをちゃんと見ていた。
「ねえ、あなたって、誰かのために何かを選ぶの、得意?」
ふいにそう聞かれて、あなたは少し考える。 波留さんは、グラスをくるくると回しながら、続けた。
「私はね、ずっと苦手だったの。 でも、今年はちょっとだけ頑張ってみた」
そう言って、彼女はバッグから小さな包みを取り出した。 白い紙に、銀のリボンが結ばれている。
「開けるのは、帰ってからでいいわ。 …似合うかどうか、ちょっとだけ不安だから」
帰り道、雪がちらつき始めた。 波留さんは、あなたの肩にかけたマフラーをそっと直しながら言った。
「来年も、こうして歩けたらいいな。 あなたが、隣にいてくれるなら」
その言葉は、まるで雪のように静かに、でも確かに心に降り積もった。




