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ひげがゆれるとき  作者: ねこちぁん
3章~【咲姫編】風の記憶、影の願い

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クリスマス特別閑話集『波留さんと、静かな夜に』

「寒くない?」


そう言って、波留さんは自分のマフラーを半分、あなたの肩にかけた。 イルミネーションの光が、彼女の横顔をやわらかく照らしている。 人通りの少ない並木道。遠くから聞こえるジングルベルの音が、どこか遠い世界のもののように感じられた。


「クリスマスって、誰かと歩くにはちょうどいい夜だと思わない?」


彼女の声は静かで、けれど不思議と心に残る。 あなたがうなずくと、波留さんはふっと笑った。


「昔はね、こういうの、苦手だったの」


歩きながら、彼女はぽつりと話し始めた。 「街が浮かれてるときに、自分だけ取り残されてる気がして。  誰かと過ごすのが当たり前、みたいな空気が、ちょっとだけ苦しかった」


あなたは、何も言わずに彼女の歩調に合わせる。 波留さんは、そんなあなたの沈黙を責めることもなく、むしろ安心したように続けた。


「でも、今は違う。  誰かと静かに歩ける夜があるって、すごく贅沢なことだって思えるようになったの。  …あなたとなら、ね」


ふたりで立ち寄ったのは、小さなカフェだった。 クリスマスの夜にしては珍しく空いていて、奥の席に通される。 窓際の席からは、街の灯りがちらちらと見えた。


「ホットワイン、飲める?」


あなたがうなずくと、波留さんはメニューを閉じて、店員に静かに注文を伝えた。 やがて運ばれてきたグラスからは、シナモンとオレンジの香りが立ちのぼる。


「乾杯、ってほどじゃないけど…」 波留さんはグラスを軽く持ち上げた。 「今夜に、そして…あなたに」


会話は多くなかった。 でも、沈黙が気まずくなることは一度もなかった。 波留さんは、言葉よりも視線や仕草で、あなたのことをちゃんと見ていた。


「ねえ、あなたって、誰かのために何かを選ぶの、得意?」


ふいにそう聞かれて、あなたは少し考える。 波留さんは、グラスをくるくると回しながら、続けた。


「私はね、ずっと苦手だったの。  でも、今年はちょっとだけ頑張ってみた」


そう言って、彼女はバッグから小さな包みを取り出した。 白い紙に、銀のリボンが結ばれている。


「開けるのは、帰ってからでいいわ。  …似合うかどうか、ちょっとだけ不安だから」


帰り道、雪がちらつき始めた。 波留さんは、あなたの肩にかけたマフラーをそっと直しながら言った。


「来年も、こうして歩けたらいいな。  あなたが、隣にいてくれるなら」


その言葉は、まるで雪のように静かに、でも確かに心に降り積もった。

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