ep.106 風の記憶、触れるのです
封印が半分だけ解けた祠の前で、 咲姫たちはさらに奥へ進む準備を整えていた。
咲姫 「ひゃぁぁぁ……! まだ奥に行くのです……?」
風音 「……“封じられた風”が呼んでる。 “来て”って」
咲姫 「呼ばなくていいのですーー!!」
小さな影は、 咲姫の足元をとことこ歩き、 森の奥を指さすように前足を伸ばした。
影 「……ぴ……!」
風花 「咲姫ちゃん、この子…… “道”を知ってるねぇ」
咲姫 「道って…… そんなに簡単に案内されても困るのです……!」
果林 「団子あげたらもっと案内してくれるよ~」
咲姫 「団子はあげないのですーー!!」
森の奥へ進むほど、 空気はさらに冷たく、 風はさらに静かになっていく。
紗綾 「……猫は“ここから先は記憶の領域”と言っています」
咲姫 「記憶って…… また怖いのです……!」
オグマ 「気を抜くな。 ここは普通の森ではない。 “風の記憶”が残る場所だ」
冒険者A 「風の……記憶……?」
冒険者B 「そんなものが本当に……?」
風音は静かに言った。
風音 「……咲姫は一度、 “風の記憶”を見てる。 過去の森で」
咲姫 「ひゃっ……! あ、あれなのです……?」
風花 「今回はもっと深いよ。 “精霊よりも古い風”の記憶だからねぇ」
咲姫 「古いのは怖いのですーー!!」
そのとき――
……ふわっ……
咲姫の髪が、 ひとりでに揺れた。
咲姫 「ひゃっ……!? な、なんか来たのです……!」
風音 「……咲姫。 “封じられた風”が触れた」
咲姫 「触れなくていいのですーー!!」
視界がふっと揺れ、 咲姫の頭の中に “知らない景色”が流れ込んだ。
(咲姫の内側・風の記憶)
――風が歌っている。 ――森が笑っている。 ――誰かが祈っている。
そして――
――“風の子どもたち”が遊んでいる。
咲姫 「ひゃぁぁぁ……!? な、なんか見えたのですーー!! 風さんの……昔の景色なのですーー!!」
風音 「……咲姫。 “封じられた風”は、 もともと“風の子どもたち”を守る存在だった」
咲姫 「守る……?」
風花 「うん。 精霊さんよりも前の時代、 “風の子ども”って呼ばれる存在がいたんだよ」
紗綾 「……猫は“この子もその一人”と言っています」
咲姫 「ひゃっ……!? じゃあこの子…… “風の子ども”なのです……?」
影 「……ぴ……」
咲姫 「しゃべったのですーー!! かわいいのですーー!! でも怖いのですーー!!」
オグマ 「咲姫。 その子が案内する先に、 “封じられた風”の本体がある」
咲姫 「本体なのですーー!? そんなの聞いてないのですーー!!」
風音 「……咲姫。 風が言ってる。 “もうすぐ会える”って」
咲姫 「会わなくていいのですーー!! でも……行くのですーー!!」
小さな影は、 咲姫の足元をくるっと回り、 森のさらに奥へと歩き出した。
まるで―― “風の記憶”の続きを見せるために。




