ep.91 目が覚めたのです
……風の音が、遠くで聞こえた。
??? 「……き……さ……き……」
咲姫 「うぅ……だれ……なのです……?」
重たいまぶたをゆっくりと開けると、 見覚えのない天井が見えた。
咲姫 「ここ……どこなのです……?」
体を起こそうとして、 ベッドの軋む音にびくっとする。
咲姫 「ひゃっ……!?」
??? 「……起きたか、咲姫」
聞き慣れた、低くて落ち着いた声。 咲姫が振り向くと、 そこにはオグマが腕を組んで立っていた。
咲姫 「オ、オグマさんなのです……!?」
オグマ 「ああ。 ここはギルドの医務室だ。 ……三日ほど眠っていた」
咲姫 「み、三日もなのですーー!?」
??? 「よかったぁ~、やっと起きた~」
果林が、ベッドの横から顔を出した。 その後ろから、風音と風花、紗綾も顔をのぞかせる。
風音 「……咲姫、風が静かになったから。 もう大丈夫」
風花 「ずっと付き添ってたんだよ。 よく戻ってきたねぇ」
紗綾 「……猫も“おかえり”と言っています」
咲姫 「お、おかえりって言われても…… 私、どこに行ってたのです……?」
胸の奥が、ふわっと温かくなった。 森の匂い、祠の風、精霊の声―― たくさんの記憶が、一気に押し寄せてくる。
咲姫 「……あっ……森……祠……影さん…… 精霊さん……オグマさん…… リオさんたち……」
オグマ 「全部、思い出したか」
咲姫 「わ、私……昔のことを……見てたのです……?」
風音 「……うん。 “風の記憶”を、全部」
果林 「ず~っと寝てる間、 咲姫、なんか“風の匂い”してたよ~」
咲姫 「寝てる間まで匂いって言わないでほしいのですーー!!」
オグマは少しだけ表情をゆるめた。
オグマ 「お前が見ていたのは、 “この町と森の、昔の記憶”だ。 咲姫の風が、鍵になったらしい」
咲姫 「鍵って……またなのです……!」
オグマ 「悪いが、のんびり思い出話をしている時間はない。 “今この町で”問題が起きている」
咲姫 「今……?」
風音 「……外の風が、ざわついてる。 “何か来る”って言ってる」
果林 「ギルドもバタバタしてるよ~。 冒険者さんたち、走り回ってた~」
紗綾 「……猫は“モンスターの群れが近い”と言っています」
咲姫 「モ、モンスターの群れなのです!?」
オグマ 「ああ。 それに――民間人の避難がまだ終わっていない。 咲姫、お前の風が必要だ」
咲姫 「ま、また私なのですーー!!」
胸の奥が、 “昔の森”を思い出したみたいに、ふわっと温かくなる。
咲姫 「……うぅ……でも…… 私の風で、誰かが助かるなら……」
オグマ 「それで十分だ。 立てるか?」
咲姫 「……はいなのです。 がんばってみるのです……!」
ベッドから立ち上がった咲姫の髪を、 現代の風がそっと揺らした。




