ep.60 森の影と、青年の名
青年はまだ弱々しい呼吸をしていたが、 水を飲んで少し落ち着いたのか、 ゆっくりと体を起こした。
咲姫は慌てて支える。 「だ、大丈夫なのです……? 無理しないでほしいのです……!」
青年はかすかに笑った。 「ありがとう……君たち、優しいね……」
果林は団子を差し出し、 「はい、甘いの食べる~? 元気出るよ~」 と、いつもの調子。
青年は苦笑しながら受け取った。 「……ありがとう。本当に助かったよ」
紗綾は静かに尋ねる。 「あなたのお名前を、伺ってもいいですか?」
青年は少し迷ったあと、 「……リオ」と名乗った。
咲姫はぱぁっと顔を明るくする。 「リオさんなのです! よろしくなのです!」
風花は微笑んで、 「無理に話さなくてもいいけど……森で何があったの?」 と、優しく問いかける。
リオはしばらく黙っていたが、 やがて、震える声で語り始めた。
「森の奥で……風が変わったんだ」
「最初は、ただの探索だったんだ。 森の奥に“古い祠”があるって噂を聞いて…… 仲間と一緒に向かったんだ」
咲姫は息を呑む。 「祠……?」
リオは頷く。 「でも……途中で、風が急に冷たくなって…… 鳥も、虫も、全部いなくなって…… 仲間が……ひとり、またひとり……」
果林は団子を抱えたまま固まる。 「ひ、ひぃ……!」
紗綾は猫を抱きしめ、 「……風の“気配”が消えたのですね」 と、静かに言った。
風花は眉を寄せる。 「自然の風が止まるなんて……普通じゃないねぇ」
風音は目を細め、 「……“祠”が原因。風が言ってる」 と、淡々と告げた。
リオは震える声で続ける。 「祠の近くで……“何か”が動いたんだ。 姿は見えなかった。でも……風が、叫んでた…… “来るな”って……」
咲姫は胸に手を当てて、 「こ、こわいのです……」
オグマは腕を組み、 「……森の奥で何かが起きているのは確かだな」 と、低く呟いた。
風音の“風読み”が深くなる
風音は静かに目を閉じ、 風の流れを読むように息を吸った。
「……森の奥で、強い風が渦を巻いてる。 自然の風じゃない。 “呼んでる風”と“拒む風”が混ざってる」
咲姫は震える声で尋ねる。 「そ、それって……危ないのです……?」
風音は短く頷いた。 「……危ない。でも、まだ“動いてない”」
風花は咲姫の肩に手を置き、 「大丈夫。今すぐどうこうって風じゃないよ」 と、優しく言った。
リオは弱々しく言う。 「……僕は逃げるので精一杯だった。 でも……あの祠、放っておいたら……」
オグマが静かに言葉を継ぐ。 「……いずれ、町に影響が出る」
咲姫はぎゅっと拳を握った。 「……守りたいのです。町の人たち……」
風音は咲姫を見て、 「……風が言ってる。“行くなら、今じゃない”」 と、静かに告げた。
咲姫は目を丸くする。 「い、今じゃない……?」
風音は頷く。 「……風が整うまで、待つ風」
過去編後半への導線
リオは布団に横たわりながら、 「……お願いだ。祠を……調べてほしい……」 と、弱々しく言った。
咲姫は迷いながらも、 「……わかったのです。風が整ったら、行くのです」 と、小さく頷いた。
風花は優しく微笑む。 「うん。風が味方してくれるときにね」
オグマは静かに立ち上がり、 「……準備をしておく」 と、短く言った。
風音は風を読みながら、 「……明日の風は“静かに進む風”。まだ祠には向かない」 と、告げた。
咲姫は胸に手を当てて、 「じゃあ……明日は、町の人たちのためにできることを探すのです」 と、前を向いた。




