ep.56 市場の小事件と、走る風
市場の奥から聞こえた ガシャーン! という音に、咲姫たちは思わず足を止めた。
咲姫は胸を押さえて、 「な、なんなのです……!」 と、震える声を漏らす。
風音は風の流れを読むように目を細めた。 「……子ども。ひとり。急いでる」
紗綾は猫を抱きしめ、 「転んだ音ではありませんね。何かを倒した音です」 と、静かに言った。
果林は団子を抱えたまま、 「え、え、どうする~?」 と、そわそわする。
風花は咲姫の肩に手を置き、 「大丈夫。まずは見に行こうね」 と、優しく微笑んだ。
オグマはすでに動き出していた。 「……行くぞ」
市場の奥に入ると、 果物屋の前で 小さな男の子 が泣きそうな顔で立っていた。
倒れた木箱、転がるリンゴ。 店主の女性が困った顔でため息をついている。
「ご、ごめんなさい……!」 男の子は必死にリンゴを拾おうとしていた。
咲姫は思わず駆け寄る。 「だ、大丈夫なのです……? けがしてないのです?」
男の子は涙目で首を振る。 「う、うん……でも、お店の人に怒られる……」
店主の女性は腕を組んでいたが、 咲姫たちを見ると、少し表情を和らげた。
「怒ってはいないよ。ただ、びっくりしただけさ」
果林は団子を抱えたまま、 「じゃあ、みんなで拾えばいいよ~!」 と、にこにこ言う。
紗綾は猫を抱いたまま、 「……風で転がっていきますね。そっちは私が拾います」 と、静かに動いた。
風花は踊るような軽い動きで、 「ほら、リンゴさん、こっちだよ~」 と、転がる実を追いかける。
風音は風の流れを読み、 「……あっちに三つ。そっちに二つ」 と、淡々と指示を出す。
オグマは黙って木箱を起こし、 散らばったリンゴをまとめて入れた。
数分後。 市場の通りは元通りになっていた。
店主の女性は深く頭を下げた。 「助かったよ。本当にありがとうね」
男の子もぺこりと頭を下げる。 「ありがとう……!」
咲姫は照れながら、 「い、いいのです……!」 と、手をぶんぶん振った。
果林は団子を差し出し、 「はい、これあげる~。甘いよ~」 と、男の子に渡す。
男の子はぱぁっと顔を明るくした。 「ありがとう!」
紗綾は猫を撫でながら、 「……よかったですね」 と、静かに微笑む。
風花は優しく言った。 「小さな風でも、みんなで動けば止められるよ」
風音は風を読み、 「……乱れは消えた。もう大丈夫」 と、短く告げた。
オグマは木箱を店主に渡し、 「……しっかり固定しておけ」 と、落ち着いた声で言った。
店主は笑って頷く。 「はいはい、気をつけるよ」
市場のざわめきが戻り、 咲姫たちは再び町の中を歩き始めた。
咲姫は胸に手を当てて、 「なんか……ちょっとだけ、役に立てたのです」 と、小さく呟いた。
風花は優しく微笑む。 「うん。いい風だったよ」
風音は風を読みながら、 「……次の風が呼んでる」 と、静かに言った。




