閑話:団子と修徒士と屋台の娘
閑話:団子と修徒士と屋台の娘
猫影茶屋の縁側に腰を下ろし、湯呑みを手に取る。 焙じ茶の香ばしさが、依頼帰りの疲れをじんわりと溶かしていく。 こういう時間が、いちばん落ち着く。
「……ふぅ」
一口、茶をすすったそのとき。 鼻先をくすぐる、あまったるい香り。
「はい、焼きたて! あんた、こういうの好きそうじゃないけど、試してみてよ」
振り返ると、果林が団子の串を二本、こちらに突き出していた。 あんこがたっぷり。湯気が立っている。
「……団子は茶屋で食べるもんだと思ってたけどね」
「なにそれ、偏見じゃん。団子は屋台で食べるのがいちばん! 焼きたて、あまあま、もちもち!」
「……甘すぎるのは苦手なんだよ。茶の味が死ぬ」
「えー、じゃあ何? 塩団子とか言うつもり?」
「言うよ。塩気と香ばしさで、茶の旨みが引き立つ。団子ってのは、そういうもんだ」
果林はあからさまに眉をひそめた。
「それ、団子じゃなくて“修行食”じゃん……。 団子はね、“幸せのかたまり”なの。甘くて、やわらかくて、口の中でとろけて、 ああ~生きててよかった~ってなるやつ!」
「……団子でそこまでいくか?」
「いくの! ていうか、食べ方も違うでしょ。 一気に三つ、がぶっていくのが正解!」
「それはただの暴力だ。一本ずつ、間に茶を挟んで味を整えるのが礼儀」
「団子に礼儀とかあるの!?」
「ある。修徒士の心得にも書いてある」
「うそつけ!」
ふたりの声が重なったそのとき―― 縁側の柱の影から、ふわりと白い耳がのぞいた。
「……団子は……おかわりが正義なのれす~」
「「うささま!?」」
いつの間にか、うささまがちゃっかり座布団に座っていた。 手にはすでに、茶屋の塩団子が三本。
「……あの、うささま。いつから……?」
「さっきからずっと見てたのれす~。団子の話、たのしいのれす~」
果林がぽかんと口を開けたまま、ミナと顔を見合わせる。
「……まあ、否定はできないな」
「うん……団子は、正義かも……」
そのとき、茶屋の奥から、巫女さんがそっと現れた。 手には、ほんのり焦げ目のついた塩団子。
「よろしければ、どうぞ」
差し出された団子を、果林がひと口かじる。
「……なにこれ、うまっ。 ……くっそ、認めたくないけど、うまい……!」
ミナはにやりと笑った。
「だから言ったろ。団子は、茶と一緒に味わうもんだ」
果林はむくれた顔で、もう一本を手に取った。
「……でも、次はあんた、私のあん団子食べに来なよ。 “もちもち+あまあま”の、幸せのかたまりだからさ」
「……考えとくよ」
焙じ茶の香りと、団子の湯気。 猫影茶屋の午後は、今日も静かに、でもどこかにぎやかだった。




