ep.55 町のざわめきと、小さな違和感
町に足を踏み入れた瞬間、 咲姫は思わず立ち止まった。
「ひ、人がいっぱいなのです……!」
市場の通りには、 野菜を売る声、鍛冶場の金属音、 焼き菓子の甘い匂い、旅人の笑い声。
果林は団子を抱えたまま、 「すごい~! お祭りみたい~!」 と、目を輝かせる。
紗綾は猫を抱きしめ、 「……風が忙しいですね。いろんな声を運んでいます」 と、静かに呟いた。
風花は微笑んで、 「町の風は賑やかだねぇ。踊りたくなるよ」 と、軽やかに言う。
風音は風の流れを読み、 「……人の声、商人の声、旅人の声。あと……少しだけ“乱れ”」 と、淡々と告げた。
咲姫が首をかしげる。 「乱れ……?」
風音は短く答える。 「……まだ小さい。でも、気になる」
オグマは町の人々に軽く会釈しながら歩いていた。 どうやら、この町にも顔見知りがいるらしい。
「お、オグマじゃないか!」 「久しぶりだな!」
鍛冶屋の男が声をかけてくる。
オグマは少し照れたように、 「……ああ。しばらく留守にしてた」 と、短く返した。
咲姫はその様子を見て、 「オグマさん、どこでも人気なのです……」 と、ぽそっと呟く。
果林は団子をかじりながら、 「優しいし強いし、そりゃ人気だよ~」 と、のんびり言う。
紗綾は猫を撫でながら、 「……信頼されている人ですね」 と、静かに言った。
風花は微笑んで、 「守る風を持ってる人は、どこでも好かれるよ」 と、優しく言う。
そのとき。
市場の奥から、 ガシャーン! と、何かが倒れる音が響いた。
咲姫がびくっと肩を震わせる。 「な、なんなのです……!」
風音が風を読む。 「……小さな乱れ。誰かが走ってる」
果林は団子を抱えたまま、 「え、え、事件~?」 と、そわそわする。
紗綾は猫を抱きしめ、 「……子どもの足音です。急いでいます」 と、静かに言った。
風花は咲姫の肩に手を置き、 「大丈夫。まずは様子を見ようね」 と、優しく言う。
オグマはすでに動き出していた。 「……行くぞ」
咲姫は胸に手を当てて、 「は、はいなのです……!」 と、小さく頷いた。
市場のざわめきの中で、 小さな“風の乱れ”が確かに生まれていた。
それが何を意味するのか、 咲姫たちはまだ知らない。




