特別編:アイリス―『恋のメッセージ』(寄稿作品)
このお話は、星花女子プロジェクトに参加されている斉藤なめたけ先生にいただいた作品です。投稿の許可は頂いてあるので大丈夫です。(何が)
青い空、白い入道雲、それにやかましく響く蝉の声。
校舎を出ると、むせかえるような熱気に私は早くも立ちくらみそうになった。
沸き立つ蜃気楼の中を、汗を垂らしながら歩く。校舎と正門を繋ぐ大通りには途中、木製のベンチがあり、青々とした大樹の陰にかかっている。
夏休みなので、各々の予定もあり、生徒会の会議は午前中で終わった。生徒会室を閉めて最後に校舎を出ると、人影は誰もいなかった。
……いや、一人だけ、いた。ベンチの側にあるゴミ箱をキレイにしている、青いツナギの用務員さんが。
私は彼女のもとまで近づいて、声をかけた。
「お疲れ様です。邑先生」
「ああ、お疲れ、江川。……髪型、変えたんだな」
「ええ、さすがに下ろしてたら暑いですから」
私は普段、黒い長髪を流しているのだけど、今は高い位置で一つにまとめ、ゴムで留めている。ここしばらく髪をいじっていなかったため、うなじを外気で撫でられる感触がちょっと、そわそわして落ち着かない。
意を決して、私は自分の束ねた髪を手で軽く揺らしてみせた。
「……あの、似合いませんか。これ?」
「いや、似合うと思う。なんだか新鮮でいいな」
いつも通りの静かな口調だが、褒め言葉に社交辞令はないことはわかった。邑先生の称賛は、私のささやかな自尊心をくすぐってくれた。
邑先生と別れると、私は木陰のベンチに腰を下ろす。手帳を開き、今後の予定と会議の内容を確認する。特に林間&臨海学校の前ということもあって、話さなければならないことは山ほどある。五行先輩と河瀬先輩が易々とやってのけたことを、自分は果たしてできるのだろうか。
肌だけでなく、心臓にも冷たい汗が流れているような気分だ。時間の経過も忘れて、一心不乱に手帳を見つめていた、そのときである。
…………ぴた。
「ひゃ……あっ……!」
突然の感覚に、私は猫背ぎみの背筋をピンと張り、思わず、出したらマズそうな声を発してしまった。
ポニーテールから覗かせる、汗ばんだ剥き出しのうなじに、とてつもなく冷たいものが当たったのである。冷たさに、神経をざわつかせるような感触が加わり、私はずれた眼鏡にも気づかぬようすで背後を振り返る。視線の先に驚くべき人物の顔があった。
「ゆ、ゆゆ邑先生……!?」
先ほど別れたばかりの彼女が、いつの間に背後のすぐ近くに立っていたのだ。
「よほど、根を詰めていたんだな。普通に歩いたつもりだが」
まったく気づかなかった。見れば邑先生の手にはペットボトルが握られていて、それが冷たさの正体であることに気づいた。それにしても、まさか邑先生が私のうなじにペットボトルを押し当ててくるなんて……。
私は眼鏡を直し、どういう顔をすればいいかわからないでいると、邑先生は私の前にペットボトルを差し出した。
「奢りだ。お疲れのようだからな」
「あ、ありがとうございます」
思わずペットボトルを受け取り、慌てて財布を取り出そうとしたが、邑先生は「学生がジュース代のことなど考えるんじゃない」とはねつけた。
それから、唐突に切り出す。
「先日、首筋にペットボトルを押し当てたカップルを見かけてな」
「は、はい……」
私が応じると、邑先生は普段の口調にわずかな笑いと、緊張と戸惑いを含ませて。
「……反応が、気になった」
「!」
私の顔が一気に高温までいってしまったことを実感すると、邑先生は悠然と肩にかけていたタオルで表情をぬぐいながら言った。
「それじゃ、これからも頑張りな。智恵」
私が衝撃で身動きできなかったのをよそに、邑先生は何食わぬ顔でその場から立ち去ってしまった。追いかけることもできたのだが、彼女が無用な干渉を嫌うことを知っていたので、冷たいペットボトルを掴んだまま私は座り込んでいた。
(いま、私のことを、智恵って……)
私の顔色は、夏の暑さが誤魔化してくれるだろう。火照った頬に、もらったペットボトルを押しつけて、目を閉じる。蝉の鳴き声が響き渡る中、私はつい都合のいいことを考えてしまう。
(期待しても、いいんですか? 邑、さん……)
夏の景色は、答えない。
ご寄稿くださり、ありがとうございました。萌え死にました。




