第70話 共同施設
お待たせしました。
第70話の更新です。
「ガルッ! ガルッ!」
「グルッ! グルッ!」
温泉にゆっくり浸かっている僕の目の前を、タロとジロが犬かきで通り過ぎる。
その泳ぎは思ったより速く、あっと言う間に温泉の端まで辿り着いていた。
「今回はジロの勝ち〜!」
「グルッ! グルッ!!」
「……ガルゥ」
温泉内の水泳は確実にマナー違反だが、ここには僕たちしかいないので大目に見ることにしている。
タロとジロは温泉が大のお気に入り。
多い日には一日三回も入るほどで、僕らがいないときはスラ坊が様子を見てくれているらしい。
逆にスラ坊が流されないか心配だ。
「ごめんね、カナタ。騒がしかった?」
「遊びたい盛りだからね、問題ないよ」
「ガルッ、ガルッ」 「グルッ、グルッ」
僕の言葉を理解したのかどうかは不明だが、タロとジロが僕に頭を擦り付けてくる。
どうやら甘えたい盛りでもあるようだ。
僕は二匹の頭を撫でながら、ゆっくりと温泉を堪能した。
ミウとタロジロをドライヤーで乾かしてあげてから、冷たい飲み物を求めてリビングへと向かう
そこでは、何故かトーマスさんとゴランがお茶を啜りながらゆっくりとくつろいでいた。
「おお、カナタ殿。お邪魔していますぞ」
スラ坊特製のお茶菓子を幸せそうに頬張りながら、トーマスさんが僕に挨拶してきた。
なるほど、それが目当てな訳ですか……。
どうやら僕達がいないときも足繁く通っていたらしい。
僕は正面のソファに腰掛け、スラ坊に出してもらった牛乳を一気に飲み干す。
もちろん左手は腰の位置がデフォルト、冷たさが体に浸透していくようでとても気持ち良い。
「しかし人間も不思議な習慣がある。熱い湯につかって面白い物なのか?」
ゴランが首を捻りながら僕に質問する。
オークには風呂という概念が無いのだろうか?
その辺を聞いてみたところ、身体は川の水で洗うのが習慣とのこと。
僕にとっては逆にそちらの方が驚きだ。
冬など寒くは無いのだろうか。
「疲れが取れて気持ち良いよ。使い方は教えるから、何なら入っていくかい? 良かったらトーマスさんも如何です」
折角なので二人に温泉を勧めてみる。
「ふむ、では儂も試してみようかの。異文化の体験に興味があるでの」
「右に同じだ。体験せずに評価は出来んからな」
二人とも入るということなので、僕は別荘の大浴場へ二人を案内する。
使い方を簡単にレクチャーだけして、そのままリビングへと戻った。
そして数十分後、僕は二人に何故か詰め寄られていた。
その圧力たるや鬼気迫るものがある。
「気に入った! まさかこれ程のものだとは……。これならば毎日でも使いたいというのもわかる」
「カナタ殿! あれは良いものだ! ぜひ我ら魚人にも使わせてもらいたい」
二人はかなり温泉がお気に召したようだ。
それぞれで種族の仲間たちの使用許可を僕に求めてきた。
でも、あれだけの人数が入るとなると、今の風呂ではかなり手狭、というか狭すぎることは否めない。
「……作れば良い」
いつの間にかリビングに現れたミサキからそう提案される。
う~ん、作るねぇ……。
よし、やってみるか!
僕は詰め寄る二人に対し、新たな施設の建設を提案する。
こうして、イデアに新たなプロジェクト、『大衆浴場(温泉)建設』が発足したのであった。
先ずをもって必要なのは肝である温泉の湯。
今湧き出ている温泉の源泉を調べることから始める。
別荘を外から眺めると、風呂場がある場所にパイプが繋がっていた。
地中に埋まっている部分を確認すべく、傷つけぬよう慎重に何人かで掘り進める。
パイプは別荘の庭を出て少し歩いた場所で、地中深くに潜るかのように垂直に突き刺さっていた。
「ここが源泉か。さすがに下まで掘り起こすわけにはいかないから、このパイプから取るのが一番かな」
僕は手伝ってくれている魚人やオークの人たちに、ここを起点に建設場所まで水路を掘り進めてくれるように指示を出す。
施設の建設場所はもう決まっている。
以前畑を作った北西エリアだ。
幸い、まだ土地は十分に余っている。
畑の水路建設に携わった慣れもあってか、慣れた手つきで着々と水路が掘り進められる。
イデアの一大プロジェクト、何時もの様に住人総出の人海戦術である。
僕とミウはというと、掘り進められた水路を地属性の魔法で丁寧に固めていく作業を行っている。
金属パイプのようなものを埋められれば一番良いのだが、恐らくかなりの量の金属が必要となるので、それはやむなく断念した。
四角い形に固まった水路に、木の板を木槌ではめ込むように入れていく。
材料はオークたちのエリアにある木を伐採して使用している。
板には魔法でコーティングが施してあるので、地中に埋めても腐る心配は無い筈だ。
僕とミウの負担がかなり大きいがやらない訳にはいかない。
街で買ってきた魔力回復のポーションを飲みながら、まさに気合と根性で作業を続けた。
「……頑張っているカナタ、良い」
「ミウちゃん、頑張るの」
ミサキとアリアは魔法属性的に作業に向いていないので、今回は現場総監督。
作業者となっている僕の目の届かない全体を見てくれている。
……というか、ちゃんと全体を見てね、お願いだから。
そんな中、作業の副産物として大量の魔力の木を発見。
これについては今回の作業では使わず、アリアのアクセサリー作成の材料となったのは余談である。
施設の建設は、イデアの一級建築家、スラ坊の出番である。
忙しい最中に建築まで手伝ってもらって、毎度ながら頭が下がる思いだ。
だが、僕のそんな心配をよそに、スラ坊は更なる進化を遂げた。
「何故かいつの間にかこうなっていまして……。もっと手が欲しいと念じた結果でしょうか」
何とスラ坊は自分の分体を生み出すことに成功していた。
言うならば分裂である。
そういえばスラ坊ってスライムだったよね。
あまりの能力の多彩さから、僕は彼がスライムであることを失念していた。
まるっきり同じ身体が二つ、しかも能力は変わらずだ。
「私が二人に増えた訳ではないようです。どちらも一つの私の意志で動きますし、お互い離れた位置でも状況確認できます。これで更に皆さんのお世話ができますね」
スラ坊は嬉しそうにぷるんと震える。
こんな時にも考えることはお世話の事とは、さすが家事マスター。
更なる家事道を極めんとする魂が熱い。
そんなスラ坊の助力もあり、着々と施設は完成に近づいていった。
内装は温泉の知識がある僕の意見を取り入れ、岩風呂や木枠の風呂、そして露天風呂を男湯、女湯ともに用意した。
何か追加で要望があれば順次増やしていく予定である。
そして一週間後――
「――では、これから温泉に繋げたいと思います」
建物と水路が完成し、いよいよ残すは元からあったパイプ部分と繋げる作業のみとなった。
魚人やオーク、妖精たちが見守る中、僕はパイプの一部を切断し新たな水路に接合、別荘と施設の水路がY字になるように繋げた。
お湯はみるみるうちに新たな水路を通り、施設の方へ向かって流れていった。
「出たぞ! 成功だ!!」
しばらくして、施設から若いオークの大声が響く。
どうやら成功したようだ。
魚人やオークたちがお互い抱き合いながら健闘をたたえている。
その後、確認の為に開けていた水路の上部に木の蓋をしっかりと取り付けてから、それを地中に埋める。
それが完成したころには、施設のそれぞれの湯船には温泉の湯が溜まり、いつでも入れる状態になっていた。
「よし、じゃあ皆さんで入りましょう!」
折角なので今日は僕たちもこちらの温泉に入ることにする。
魚人やオークたちとの裸の付き合いにより、また少し絆が深まったような気がした。
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