第184話 ポサダの街
フラワーパークを出立して2日。
その間はそれといったトラブルも無く、僕たちの馬車は平原を進む。
ただし、平原とは言ってもユニ助の踏みしめている地面はごく軽くではあるが舗装がされている。
もちろん、現代のそれと比べればお慰み程度の物ではあるが、それでもこの進んでいる方向が順路であるとの認識は出来るので、一応は街道の体を成していると言えるだろう。
更に進めば国の中央にも繋がっていく街道ということで、ちらほらと他の馬車も見受けられる。
目立つのを嫌うがゆえに、ユニ助のスピードが存分に生かせないのが少々痛い所だ。
予定ではこのままあと少し進むとポサダの街が見えてくる筈。
また少し寄り道してみるのも良いだろう。
ぽかぽかした暖かい日差しが窓から中に差し込む。
それでいて、時折吹く涼しい風が馬車内に流れ込んでくる。
丁度良い陽気、ゆっくり進む馬車の屋根に止まった小鳥のさえずりを聞きつつ、僕は闇の中へと意識を手放していった。
「カナタ! ついたよ!」
身体を揺り動かされ、僕は眼を擦りつつ起き上がる。
「えっ、もうかい?」
「熟睡してたね。きっと疲れてたんだよ」
窓の外から顔を出して確かめると、馬車は既に街の入場の列に並んでいた。
その列はスムーズに進んでおり、もうそろそろ僕らの番といったところだ。
近寄ってくる衛兵にギルドカードを提示する。
そして特に問題なく、僕らはポサダの街に入場した。
規模としては先日までいたフラワーパークと肩を並べるポサダの街。
フラワーパークが水と緑の真新しい雰囲気なのに対し、ポサダの街はどこか古風で落ち着いた雰囲気を醸し出している。
街の中は大まかに4区画に分けられており、それぞれ貴族が住む貴族区、工房などのある工業区、一般の住民がすむ居住区、そして来訪者を迎え入れる商業区だ。
工業区では冒険者用の武器・防具も作られており、生産量はミュール王国で一番。
大量生産によるコストパフォーマンスの良さから、主に初心者〜中級者が好んで使用しているとのこと。
そして商業区ではそれらの武器・防具だけでなく様々な店が立ち並んでおり、その中にはポサダ鍋と呼ばれる名物料理の店も。
そこだけは滞在中に確実に抑えておこうと思う。
また、工業区の西側にはスラム街が存在していて、治安が悪い為、観光客は充分に注意する必要があるとのことである。
「どう? 為になったでしょう?」
「ああ、ありがとう」
僕が銅貨を2枚渡すと、少年はそれをぎゅっと握りしめ、また門の方角へ駆け出していった。
門の前では今も尚、少年たちが僕らのような来訪者に目を光らせている。
その真剣な様子から読み取るに、恐らく小遣い稼ぎなどでは無く、生きるための生業としているのだろう。
まだ小学生くらいだというのに……と思ってしまう僕は、まだ異世界に馴染めていないのだろうか?
そんな事を考えている間も、馬車はゆっくりと先程教わった宿屋街へと向かう。
この街にも当然冒険者ギルドはあるようだが、今回は寄らずに街を出るつもりである。
いや、前回もそのつもりだったんだけどね。
そんな時、ふと馬車の横をあまり人相が宜しくない男たち通り過ぎる。
通りすがりに不躾に馬車の中を覗かれたが、見られて困るものは特に無いし、何より関わりたくないのでスルーしておく。
当然、ミサキを目線で抑えておくのも忘れない。
流石に街中で黒焦げ騒ぎは起こしたくないからね。
暫く進むと、通り沿いに何件もの宿の看板が目につくようになってきた。
僕らはその中から少年から聞いていた馬車を預けられる宿を見つけ、その前に停車する。
「いらっしゃいませ! お泊りですか?」
若い女性が笑顔を浮かべながら、素早い動作で僕たちに声をかけてきた。
他の宿からもチラチラと視線を感じる。
どうやらここでの競争はかなり激しいようだ。
「ええ。2泊したいのですが、部屋は開いていますか?」
「はい、もちろんです! えっと、5名様で宜しいですね。馬車のお預かりもご希望ですか?」
「お願いします」
周囲の宿屋からの悔しそうな視線を浴びつつ、僕らはフロントに案内される。
そこには恰幅の良いおばちゃんが、これまた満面の笑みで出迎えてくれた。
そして僕らは、3階にある一番上等な5人部屋に滞在することになった。
いざという時の為にその方が良いとミサキが主張したためである。
それが決まった時、宿屋のおばちゃんが飛び上がりそうな勢いで喜んでいた。
要求した訳では無いのだが、夕食にポサダ鍋をつけてくれるとのこと。
ラッキーである。
先程の娘さん(どうやら母娘だったようだ)に部屋に案内され、とりあえず腰を落ち着ける。
ふむ、昼食までにはまだ間があるな。
「少し外を回ってみるか」
皆の同意を得て、僕らは商業区へと繰り出した。
先ずは近くにあった目立つくらい大きな武器屋に入る。
その中はというと――
「なんか……量販店みたいだなぁ」
それが中を見た僕の印象。
明るい店内に職人の姿は見当たらず、店員が数名フロアを歩いて声がかかるのを待っている。
立てかけてある武器などは自由に手に取って良いようだ。
ポンポが周囲をあまり気にせずにぶんぶんと剣を振り回していたので、店員さんに怒られる前に注意しておく。
反省するポンポの頭を『次から気をつければいいよ』の意味を込めてぽんぽんと叩きつつ、僕も試しに1つ剣を手に取ってみた。
「ふむ」
今一つしっくりこない。
どうやらイデアロードの武器の方が出来が良いみたいだ。
同じく展示してあるアクセサリに関しても、手に取っていたアリアが渋い顔をしていたので、それ程の出来では無いのだろう。
値段に関しては相場より安いとは思うが、今の僕らには必要ない物のようだ。
大した収穫が無かった武器屋を出て、次に雑貨屋らしき店の中に入る。
その店は簡単な作りの日用品に始まり、子供向けの人形、良くわからない民族衣装など、統一感の無いありとあらゆるものが所狭しと棚に並べられていた。
「……これは!?」
ミサキが棚にあった本を手に取り、何やら熱心に読み始める。
古い本らしく、タイトルは擦れて確認できない。
邪魔しても悪いので、僕は他を見て回ることにする。
ミウたちはおもちゃコーナーに興味津々だ。
それから小一時間、スラ坊へのお土産に調理器具を幾つか買った僕は、再び皆と合流。
結構長居してしまったので、急いで戻らなければ。
「何か色んなものがあったね」
「見ていて楽しかったです〜!」
「知らない物がたくさんあったの」
「楽しかったね~」
楽しそうに会話をするミウたち。
その中には見慣れない女の子が混じっていた。
少々薄汚れた茶色いワンピースを着た10歳くらいの少女。
腰まで伸びた緑の髪が印象的だ。
ミウにその娘のことを聞いてみると――。
「うん、えっと……。そう言えば名前を聞いてなかったね」
「ロゼだよ!」
10歳位の少女は愛らしい笑顔で答える。
どうやら店内でミウたちと意気投合したらしい。
「そっか。友達が出来て良かったね」
「うん!」
ミウが嬉しそうに頷く。
ミウはこう見えてまだ幼い。
一つひとつの出会いが成長につながるだろう。
「ロゼもお昼を一緒するです〜!」
「本当!? 良いの?」
ロゼちゃんが嬉しそうに再確認する。
もちろん、お昼くらいは何の問題も無い。
こうして僕たちは、新たな友達、ロゼちゃんを連れて宿に戻るのであった。
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