第181話 死闘、その陰で……
ぼんやりとした視界が次第にはっきりとしてくる。
頭の中の靄を振り払うかのように僕は軽く頭を振った。
再び活動を開始した頭の中で思い出される状況。
そして勢いよく立ち上がった僕の元へミウが駆け寄ってきた。
「カナタ! 大丈夫!?」
ミウの質問に対し、僕は自分の身体の感覚を確認する。
うん、背中に多少の違和感はあるものの、痛みなどは消えている。
恐らくはミウが治療してくれたのだろう。
「心配かけたね、ミウ。お蔭で問題ないよ、ありがとう」
その言葉にミウがほっとした表情を見せる。
どうやら思った以上に心配をかけた様子。
だが、そのフォローは後だ。
僕は急ぎ周囲の状況を確認する。
前線にはポンポ、そしてゴームス。
どうやらゴームスが僕が担っていた役割を買って出てくれているようだ。
そして、縄で縛られて地面に転がるバーラとテアロン。
これに関してはミウが説明してくれた。
「あの紫の霧のせいみたいだね。何か変な作用があるみたい」
僕は何となしにその変な作用について理解する。
「そうか。ミウは平気なのか?」
「当然だよ! それと、ゴームスも平気みたいだよ」
まあ、一緒に戦ってくれているからそうなのだろう。
それについては不幸中の幸いだ。
そして、僕ははるか後方のハニーパインに視線を向ける。
「よし! ミウ、一気に畳み掛けるぞ!」
「うん! ミウもそのつもりだよ!」
現状で僕、そしてミウの手が空いている今こそが勝機。
これ以上長引かせると不利になると判断した僕はミウと供に打って出ることにした。
僕は現在自分が持つ最大の魔法の詠唱を唱える。
どことなく暑苦しい森にひんやりとした空気が流れ込む。
ミサキがこちらに気付いたようなので、目配せしてこちらの意図を知らせる。
それだけでミサキはわかってくれたようだ。
程なくして、僕の魔法は完成した。
「アブソリュート・ゼロ」
一瞬の出来事。
今までこちらを襲っていた魔物たちが氷の牢獄に捕らえられ、攻撃態勢のまま固まる。
ゴームスが驚いた顔でこちらを見ているが、説明は後回しだ。
最後方にいたハニーパインのみは距離が遠かったせいで根元のみの侵食、脱出しようと上半分の身体をもがく様に暴れさせている。
だが、当然そんな事をさせる訳がない。
ミサキがハニーパインの凍った下半分を避けるようにして燃え盛る炎をぶつける。
アリアが大きな弓を引き絞り、太い幹に矢を突き立てていく。
ミウが大量の風の刃でその枝を切り落とす。
遠距離攻撃のエキスパートたちの競演に、ゴームスは只々呆然とそれを眺めていた。
そして、抵抗らしい抵抗が無くなったハニーパインの核を目掛け、止めとばかりにポンポが剣を付きつける。
ハニーパインは騒音さながらの断末魔をあげ、まるで早送りのようにその幹を枯らしていった。
「ふぅ……」
「やったです〜!」
ポンポが飛び跳ねて喜びを表現する。
自らが止めを刺せたとあって、その表情には満足感がありありと浮かんでいる。
「ポンポ、ダメなの」
「わかってるです〜!」
アリアがすかさずポンポの慢心を嗜める。
ポンポに対しては少々厳しいお姉さんだ。
「おう、助かったぜ! 凄えな、お前ら」
唖然としていたゴームスが、絞り出すようにその感想を述べる。
驚き、呆れ、様々な感情がその一言に乗せられていた。
「いや、ゴームスがいなかったら危なかったよ。とりあえず何とかなって良かった」
「何言ってやがる。迷惑かけて危険な思いをさせたのはこちらだからな。アイツらが正気に戻ったら、きちんと礼はさせて貰うぜ」
そういえば……。
僕はその事を思い出して振り返る。
すると、すでに2人の治療を行っているミウの姿が僕の目に映った。
「……カナタ、詰めが甘い」
「いや、ミサキだって忘れていただろ」
「……私は治癒魔法が使えない」
その言い草に少々納得できない感はあったが、言ったところで始まらないのでやめておいた。
その時、突然鋭い風きり音が僕の耳に届く。
「アリア! 何かあったのか?」
その音の正体はアリアの放った矢。
大木の上部に突き刺さったそれを見て、僕はアリアに問いかかる。
「何かいたの。敵意をこちらに向けていたの」
僕はすかさずミウに確認を取ろうとしたが、2人の治療中だったことを思い出す。
「気配が消えたの」
「そうか……」
森の中では僕よりもアリアのそれの方が敏感だ。
アリアがそう言うのなら、すでに何者かはこの場から消えたのだろう。
「カナタ! 終わったよ!」
ミウから声がかかったのはそれから暫くしてのこと。
まだ2人は目覚めないが、いつまでもここに留まる訳にもいかないので、僕がテアロン、ゴームスがバーラを背負ってこの場を後にする。
氷漬けの魔物たちについては放置、溶けてから再度動き出すにしても先程の様な事は無い筈だからね。
恐らく魔物同士の争いが起こるだろうが、巻き込まれるのはごめんだ。
僕らはハニーパインの討伐の証拠のみを手に入れ、その場を後にするのだった。
※
「何だい、あいつら。折角面白くなるところだったのに」
カナタたちの居た場所からある程度離れた森の奥地。
そこには不満そうに頬を膨らませた存在が……。
「そうだね、面白くないね。それにさ、気付いた?」
「何がさ?」
「あいつら、アレの匂いをつけてたよ」
「本当?」
「ああ、間違いないね」
その言葉に、もう一人の存在は考える仕草をする。
「すると、僕たちの存在が……」
「うん、さっきも危なかったよね」
「……あれは危なかった。うん、彼らは危険だね」
「そうそう」
「どうする?」
「どうしよう?」
「何か考えなきゃ」
その存在の話し合いは、ひっそりとした場所で飽きるまで続けられた。
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