第179話 救出
「信号弾です〜!」
ポンポが上空を指さしながら叫ぶ。
僕も自らの目でそれを確認した。
「ってことは、見つかったんだね。早く行こう!」
ミウの言葉に皆が頷き、急ぎ足で現場へと向かう。
信号弾の上がった場所は、直線距離にしておよそ5kmといったところ。
それほど離れてはいない。
「ミウ、周りの警戒もよろしく」
「うん。今のところ何も居ないよ」
「森が騒がしいの。急いだ方が良いの」
ダークエルフ特有の感覚だろうか、アリアが何かを感じ取ったようだ。
その言葉に従い、僕たちも走る速度を速める。
「カナタ! あれ見て!?」
「大変です〜!」
僕の視界に飛び込んできたのは想像以上の光景。
多種多様の魔物たちに囲まれたバーラたち、見たところかなりのダメージを負っている様子だ。
「タワーリングウォール!」
ミウの詠唱により、3人を囲むように土壁が発生する。
「カナタ、長くは持たないよ!」
「ありがとう、充分だ。ミサキ!」
「……やってる」
いくつもの黒い球体が宙に浮かび上がり、魔物目掛けて発射される。
そして、その攻撃によって空いたスペースにポンポが勢いよく飛び込んだ。
「ポンポ、深入りするな! ミウたちを守ることが優先だ!」
「わ、わかったです〜」
ある程度周囲に攻撃を加えたポンポが後方に飛び退いたのと同時に、僕の魔法が発動する。
足元に発生した冷気が次第に自らを凍らせ、魔物たちの動きを鈍らせる。
そしてそれらは当然、我らが砲台たちの格好の的である。
「えいっ! なの!」
森の魔物を知り尽くしたアリアの矢が的確に相手の急所に突き刺さる。
「……下がって」
僕が後方に大きく下がると同時に吹き荒れる炎。
それは荒れ狂う赤竜が如く、獲物を喰らい焦がしていく。
「しかし、数が多すぎるな……」
折角空いたスペースも魔物たちの物量によって再び埋まってしまう。
早くバーラたちを救出したいのだが……。
「カナタ! そろそろ持たないよ!」
「わかってる!」
そんな時、ふとアリアの弓の手が止んでいることに気がついた。
ふと見ると、アリアは大弓を極限まで絞り、何かを狙っている。
彼女の視線の先には――。
「やああああっ!」
いつもの「なの」を忘れる程の気合の入った一撃。
青白く輝く矢が魔物たちの頭上を光線のように一直線に駆け抜ける。
その先にいるのはハニーパイン。
矢はハニーパインの胴体ともいえる幹に深く突き刺さりスパークする。
「GYAAAAAAAA!」
幹の中心からは幾つかの窪みが浮かび上がり、それが人面のような表情でもがき苦しみだす。
そして、それに伴って魔物たちの動きが止まった。
「今なの!」
そうだ、呆けている暇は無い。
我に返った僕とポンポは剣、ミサキとミウは魔法でバーラたちへの進路をふさぐ魔物らをなぎ倒す。
「ミウ!」
「うん!」
土壁が一部消え、彼女らが姿を現した。
バーラの憔悴しきったような表情から微かな笑みが漏れる。
「動けるか! 脱出するぞ!」
「ええ!」
「強引にでも動かすさ! こんなとこで死にたくないからね!」
魔物たちを薙ぎ払い、今来た道を再び戻る。
「KYAAAAAA!」
突如、ハニーパインから先程とは異質の奇声が発せられた。
目のような部分が爛々と赤く光り、怒りに震えるかのように大きく身体を揺らしている。
「カナタ! 早く!」
「危険です〜!」
その危険は直ぐにやってきた。
ハニーパインがその特徴である果実の爆弾を周囲に向かってまき散らす。
仲間の魔物達のことなどお構いなしだ。
「ミウ! アリア!」
「うん!」
もちろんこちらも黙ってやられるわけにはいかない。
アリアとミウがこちらに飛来しそうなものを届く前に打ち落とす。
そして、それらは魔物の集団の頭上で弾け――。
「……変?」
だが、その果実爆弾は予想と違いどれも不発。
ポムッという魔の抜けた音がしたのみで魔物たちがひしめく地上へと落下する。
「あれを見てなの」
再び皆の元に帰還した僕が、その言葉を聞き魔物たちの方を振り向く。
果実からゆらゆらと漂うようにして広がる紫の煙。
そして、それを吸った魔物たちの目が真っ赤に染まる。
「……なるほど。……あれが原因」
「くそっ! 道理で! あのハニーパインは変種だったのか!」
テアロンが舌打ちする。
「とにかくミウ、治療を頼む」
僕は彼ら3人に対し、ミウと供に一旦後ろに下がるように促した。
「ごめん、すぐ戻るわ」
そう言葉を残して下がるバーラ。
他の2人ももちろん同様だ。
そして、僕たちは治療を始めたミウたちを守るようにして迫りくる魔物たちを迎え撃つ。
「ポンポ、正面を抑えるぞ。アリア、回り込ませるな。ミサキ、遠慮なしで頼む」
リザードナイトの錆びた剣を弾き返し、ポイズンフロッグの舌先の毒針を叩き斬る。
相手の手数が多いので一瞬たりとも気が抜けない。
ポンポも今の所は指輪のお蔭で何とか持ちこたえているようだ。
とりあえずはミウと3人が戦線復帰するまで踏ん張れれば良い。
この辺でそろそろ大きい攻撃が欲しい所だが……。
「……エクスプロード」
そんな僕の期待に応えるかのようにミサキが詠唱を完成させた。
魔物たちの間に種火のように発生した炎、それが瞬く間に爆発的な広がりをみせる。
ドーム状の半球の中で燃え盛る炎。
中で身悶える魔物たちの悲鳴ともいうべき叫び声が辺りに響く。
その威力たるや、遠慮無しと言ったことを少々後悔させる程だ。
だが、これで敵の攻撃も少し和らぐ筈。
「よし、これで後は目の前の敵を……」
倒せば一息つける。
そう思った僕の背中に激痛が走る。
僕は思わずその場で膝をついた。
「くっ! 何故!?」
振り向いた先、痛みで細めた僕の目に映ったもの。
それは、殺気立った目でこちらを睨むバーラであった。
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