第176話 赤の閃光
街にて先に宿を確保した僕たちは、早速と街へと繰り出した。
商店の店頭に並ぶその土地ならではの商品や食べ物などを物色しつつ、目指すはパンフに載っていた植物公園。
宿の人曰く、そこでは様々な植物の苗も販売しているとのこと。
まだ見ぬものがあれば大人買いしてイデアで育てる予定だ。
特に食用だとしたらスラ坊も喜ぶしね。
そんな事を考えながら歩いていると、ふと見慣れた意匠が目に飛び込んできた。
それは言わずと知れた冒険者ギルドの看板。
建物自体もガルド王国にあるものと殆ど同じ造りであるがゆえに、自然との調和をコンセプトとするこの街の景観からぽっかりと浮かび上がっている感がある。
「ブレないね」
「……そういうもの」
なるほどと納得しつつ、ギルドへと近づく。
とは言ってもたまたまそこが通り道なだけであって、今回の僕らはギルドに用は無い。
ふと、ギルド前にいる冒険者の1人が何故かこちらを凝視しているのに気が付いた。
君子危うきに近寄らず、僕は目線を合わせずそのまま前を通り過ぎようとしたのだが――。
「おい! 待てよ!」
野太い声が誰かを呼び止める。
まあ、僕たちじゃあ無いよね、そう願いたい。
「おい、お前だよ! 聞こえねえのか!」
突如僕たちの進路を遮るように目の前に現れたのは大鎧を身に付けた筋肉質の男。
年の頃は僕より少し上くらい、先程僕を凝視していたずんぐりむっくりな冒険者だ。
「お前、見たところ冒険者だろ? ギルドに寄らねえのか?」
男はジロジロと不躾な視線を僕に送りながら質問してくる。
無駄なトラブル回避の為、僕は視線を気にせずにそれに答えた。
「ああ、今日のところ用は無いよ」
「ふむ、そうか。ところでよ」
男が僕に向かって何か言いかけたその時、「スパーン!」と小気味良い音が辺りに木霊した。
「いてっ!」
「あんた、何してんの!」
現れたのは軽鎧を装備したショートヘアの女性。
そして、その女性の片手には巨大なハリセンが握られていた。
ハリセン、この世界にも有ったんだ。
「いや、勧誘だよ。見てわからないのかよ」
「そんな横柄な態度で勧誘もクソもあるか! 喧嘩売っているようにしか見えんわ!」
突如始まった夫婦漫才のような展開について行けない僕。
そのことに対して2人の仲間らしい優男が僕に軽く頭を下げて謝罪する。
「お見苦しい所を見せてしまってすいませんね。まあ、すぐ終わりますので……」
そしてその男の言葉通り、掛け合い漫才を終えた2人が僕らの方に向き直る。
「悪いね。うちの馬鹿男が粉かけちゃってさ」
「お前、馬鹿男って――」
「五月蠅い! ややこしくなるから黙っときな!」
怒鳴られた男が筋肉質の身体を小さくしぼめるようにしゅんと項垂れる。
そして、それを気にする風でもなく女性は話を続ける。
「実は、とある依頼で人数が必要でね。それでこの馬鹿があんたらに声をかけたって訳さ。気分を害したらすまなかったね」
「いえ、只話しかけられただけなので特には――」
「そうかい。そう言ってくれるのなら有り難い。そう言えば自己紹介がまだだったね」
彼女の自己紹介によると――。
彼女らはランクDのパーティー、赤の閃光。
軽鎧を身に着けた赤髪の女性がバーラ、後衛職っぽい黒髪の優男がテアロン、そして大鎧の男がゴームスだ。
皆、年の頃は20代前半といったところ、自分たちを棚に上げて言うのもなんだがDランクにしてはかなり若い。
「へえ、カナタたちもDランクなのかい。あっ、呼び方はカナタで良いよね。敬語なんて使わずにアタシのこともそのままバーラでいいからさ。しかしDランクなら尚更残念だよ。戦力になりそうなのに」
「そんなに危ない依頼なの?」
ミウが首を傾げつつ質問する。
「いや、危ないというよりも探索範囲が広いもんだから人数が必要なんだ。強引に頭数だけ揃えても良いけど、そうなるとアタシたちがバラけなきゃいけなくなるからね」
戦力の分散を良しとしないってことは、依頼はDランク相応ってとこか。
「興味を持ったのかい?」
バーラが少女のように目をキラキラさせて僕にぐっと迫る。
何気に顔が近い。
「ここ最近は良い依頼が無くてお金に困っているんだよ。ゴームスが強引に声をかけたのは謝るけど、ここは人助けだと思って手を貸してくれると嬉しいな」
「……近すぎ」
僕とバーラの間に素早く入るミサキ。
しかし、バーラはミサキに対してもこれでもかと言う位に近付きつつ、手を握り懇願する。
「ミサキ、お願いだよ。あんたからも彼氏を説得してくれよ」
「……彼氏」
ミサキが噛みしめるように呟く。
そして一言。
「……受けても良い」
「えっ!? ミサキ?」
僕はミサキの即決にびっくりした。
「……問題ない。……人助けは大事」
「本当かい! 言ってみるもんだね!」
こんな安請け合いしてしまって良いのだろうか。
だが、これでもかという笑顔のバーラに対し、今さら無下に断るのも忍びない。
結局、正式に依頼を受けるかどうかは詳細を聞いてからということにまとまった。
ということで、僕たちは寄る予定に無かったギルドの扉を潜る。
「ほら、これがその依頼だよ」
バーラがギルドの掲示されていた依頼を引っぺがしてテーブルの上に乗せた。
僕はそれを手に取り内容を確認する。
「ハニーパイン?」
何だか甘くて美味しそうな名前だ。
「そうさ。ここからそう遠くない森で奴の痕跡が発見されたんだよ。ギルドの最優先駆除対象リストに載っているだけあって報酬もかなり美味しいだろ?」
いや、僕が聞きたいのはそこでは無くて――。
「動く樹木の魔物なの。放置すると大量の実を成らせるの」
僕の疑問を察して、アリアが魔物について解説してくれた。
「大量の実? 増殖するってこと?」
「……その実一つひとつが危険物。……下手に触れると爆発する」
どうやらミサキもその魔物を知っているらしい。
なるほど、爆発物をまき散らすから最優先駆除対象ね。
何ともはた迷惑な魔物だ。
「発見さえ出来れば、倒すのにそれほど苦労は無いはずだよ。発見したら信号弾で皆に知らせる。そして報酬は折半。悪くない話だと思うんだけど」
バーラが僕の顔をじっと覗き込む。
良く見ると、他の皆の視線も僕に集中していた。
僕は最終確認の為にもう一度だけ依頼用紙に目を通す。
うん、問題は無さそうだ。
「わかった。手伝うよ」
「本当かい!?」
「おっしゃあ! これで極貧生活からおさらばだ!」
「ゴームス、お前は酒の飲みすぎなんだよ」
「ふん、酒の無い人生なんてつまらん!」
大げさなほどに喜ぶ赤の閃光の面々。
初めこそはゴームスに睨まれはしたが、その様子から悪い連中ではないのがわかる。
「よし、そうと決まれば詳細を詰めるよ。あっ、その前に依頼を受けてこなくちゃね」
バーラは嬉々としてカウンターに依頼用紙を持っていく。
そして僕たちもその後について行くのだった。
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