第175話 フラワーパーク
ミサキらが地形を変えてから2日。
アラト山の頂上を越えた僕たちは、なだらかな山道を下っていた。
途中、頂上の噴火口から突如として山の主である火の鳥が現われる……といったトラブルも無く、ここまでの道のりはおおむね順調だ。
山頂では、餌を求めた怪鳥の群れが上空から襲って来はしたが、魔法や遠距離攻撃に特化した僕たちのパーティーにとってそれらはただの的でしか無く、ある程度撃ち落としたところであちらから逃げ出して行った。
「う〜っ!」
そしてその中にあって、一人だけ上空への攻撃手段を持たないポンポが、その時の事を思い出しては唸っている。
僕にしてみれば、ミウやミサキたちが気兼ねなく魔法を放てるのはポンポが守っているお蔭だと思うのだが、当の本人はそれでは納得がいかないようだ。
「そうです〜! 必殺技を思いついたです〜!」
聞いてほしいとばかりに大声を上げたポンポが目をキラキラさせている。
そういう時、初めの聞き役になるのは大抵アリアだ。
「どうするの?」
「槍を回転させて宙に浮かび上がるです〜! そして空の敵を殲滅するです〜!」
何とも現実性に欠ける技がポンポの口から飛び出てきた。
「浮かび上がれるの?」
「努力と根性で何とかするです〜!」
「浮かび上がった後は攻撃手段が必要なの」
「それも根性で何とかなるです〜!」
「……却下。……無理」
聞きかねたのか、ミサキが会話に割って入り、簡潔にポンポの必殺技?を却下した。
「う〜っ! なら次は〜?」
「ポンポ、魔法を使ったら?」
ミウも会話に加わりポンポに提案する。
「魔法は少し苦手です〜」
確かにポンポの地属性魔法は、土壁などの防御面での性能に比べ、攻撃に関しては今一つな印象がある。
先程のアイデアを努力と根性で何とかするよりは、そちらを伸ばす方が早いとは思うのだが、どうも苦手意識があるようだ。
「努力と根性で何とかするの」
「う〜っ。アリア姉、頑張るです〜」
渋々といった感じで頷くポンポ。
うん、頑張れ!
「カナタ、見て!」
僕の袖をミウが引っ張る。
ミウが指差した北の方角では視界が漸く開け、景色が一望出来るようになっていた。
岩山から続く赤褐色の大地が緑の大地へと変わり、その緑の先には街のようなものが見える。
「……地図通り」
ミサキが紙面を広げながら呟く。
手に持っているのはギルドの伝手で手に入れたミュール王国の地図。
しかし、地図と言っても内容はかなり大雑把、何でも詳細な地図というのは戦略的に重要な物である為、一般には出回っていないとのこと。
他国の地図なら尚更である。
皆の視線がミサキの手元に集中する。
「フラワーパーク……か」
英語の発音そのままだが、そこは共通の女神様が統治する世界だからと納得する。
「寄っていくんでしょ?」
「うん、そうだね」
クリュールと僕らでは時間の感覚が違う為、急ぎとは言っても1、2年を見積もれば良いとロヴィーサさんも言っていた。
更にはすぐに帰還できる手段のある僕らであれば、見聞を広める為に多少の寄り道も許されるであろう。
他国に足を延ばしたのだから、街の発展の足しになるものがあれば積極的に取り入れていきたい。
「先ずは山を下りてからだね。油断は禁物だよ、ミウ」
「わかってる。もう大丈夫だよ。ほら、あそこ!」
「えいっ! なの」
ミウの指し示す方向にアリアが矢を放つ。
矢は見事なまでの直線軌道を描き、岩の影から飛び出した魔物の眉間に命中した。
ほんの一瞬で見事な連携である。
「ねっ。大丈夫でしょう?」
「ああ、任せたよ」
「うん、任されたよ!」
それから何事も無く時は進み、とうとう僕らはミュール王国の大地に降り立ったのであった。
再び呼び出したユニ助の馬車に乗り、予定通り街へと向かう。
緑の大地に変わってから草花の間に舗装のされていない凸凹道が現れたので、僕らは周りの景色を楽しみながらゆっくりとその道を進んでいる。
ひょっこりと顔を出すウサギのような動物や、小川で水を飲むシカのような動物なども周囲の草花と合わせて僕らの目を楽しませてくれた。
そして楽しく穏やかな時間は得てして早く過ぎていくもの。
僕たちはあっという間に街の入り口に辿り着いていた。
「カナタ、あそこに並べばいいのか?」
「ああ、お願い」
僕の返事を聞いたユニ助が嘶き、軽快な足取りで入場待ちの列の最後方に並ぶ。
長さは遊園地でいうところの一時間待ち位だろうか。
商隊らしき馬車とそれを護衛する冒険者、乗り合いらしき馬車などが列を連ねている。
一方では、依頼の帰りと思われる冒険者たちがその脇をすんなりと入場しているのが見受けられた。
恐らくはここを拠点としている冒険者なのだろう。
「カナタ、あっちでいいんじゃない?」
ミウが冒険者たちの入場を指さして僕に問いかけてきた。
「ん!? そう言えばそうか! ユニ助、悪いけどあちらに向かってくれ」
「承知した」
僕らは列を外れて、冒険者たちと同じルートで入口へと向かう。
すると、僕らの前に街の衛兵が立ち塞がった。
「止まれ!」
ユニ助がその指示通りに止まる。
衛兵がゆっくりと確認するように近づいてくる。
「ギルドカードを見せてくれ」
「どうぞ」
僕は皆のギルドカードを取り纏めて衛兵へと渡した。
彼はそれを慣れた様子で内容を確かめる。
「ふむ。この街にはどんな用だ?」
「依頼の途中で立ち寄りました」
「……よし、通れ! だが、くれぐれも騒ぎだけは起こすなよ」
お決まりの定型文を述べる衛兵に軽く会釈し、僕ならぬユニ助は馬車を発進させる。
「ねっ! 言った通りでしょ?」
「ギルドカードが各国共通だってことを忘れてたよ」
「……ミウ、お手柄」
「えっへん!」
街に入った僕たちの眼前には綺麗な街並みが広がる。
「お花がいっぱいです〜!」
「綺麗なの」
僕たちを乗せた馬車はゆっくりと進んでいくのであった。
フラワーパーク。
街の中央を流れる大きな川はミュール王国の誇る清流「ロレーヌ川」であり、フラワーパークでは細工の施された3本の頑丈な石橋がかけられている。
街の東側は住みよい環境の居住区、西側は様々なニーズに対応した多くの人で賑わう商業区。
街のコンセプトは自然との調和。
ロレーヌ川から取り入れた綺麗な水によって咲き誇る、色取り取りの花たちはまさに芸術!
「……疲れ切った貴方の心をきっと癒してくれるでしょう」
先程入口近くで貰った街のパンフ。
それを読み終えたミサキがじっと僕の顔を見てくる。
「ありがとう、良くわかったよ」
「……嫁の務め」
僕が礼を言うと、ミサキは満足そうな顔でパンフを閉じた。
自然との調和と謳っているだけあって、植物公園みたいな場所もあるようだ。
後で寄ってみよう。
「きゃああああっ!」
突如聞こえた耳を劈く様な悲鳴。
僕は身を乗り出して御者台に顔を出し、前方を確認する。
「ミーナちゃん! ミーナちゃん!」
「ば、馬鹿野郎! 馬の前になんか飛び出してくるんじゃねぇ!」
うつ伏せに倒れている少女とパニックになっている女性、そしてオロオロとしている御者とくれば何が起こったかは明白だ。
僕は勢いよく馬車から飛び降りる。
だが、その必要は無かったようだ。
周囲のざわめきと共に人ごみが2つに割れ、その間から1人の女性が現れる。
修道士が着るような純白のフード付きの服を身に纏った青い瞳の彼女は、倒れている少女にゆっくりと近づくと、片手をその少女の眼前にかざす。
すると、淡い光が少女を包み込むように発現した。
「聖女様……?」
「やはり聖女様だ!」
「この街にいらしていたんだ!」
その現象を見て、周りの野次馬たちが騒ぎ出す。
そして、女性はゆっくりと少女の身体を起こし、もう大丈夫とばかりに微笑んだ。
「ああ、聖女様! ありがとうございます!」
寝息でも立てているかのような穏やかな顔色に戻った少女を抱えて、母親らしき人が涙を流しながらその女性に深くお辞儀をする。
「良いのですよ。大事なくて何よりです」
女性は透き通るような澄んだ声で微笑み返す。
彼女の存在感が一瞬にしてこの空間を支配した瞬間だった。
「どけ! お前ら、通すんだ!」
暫くして、その雰囲気を破壊するかのような野太い声が響く。
集まった人ごみを掻き分け、ごつい鎧を着た男たちがその場に割り込んてきた。
その内の1人が修道服の女性の前に立ち、困ったような顔で口を開く。
「聖女様、1人で勝手な行動をされては困ります! せめて私どもをお連れ下さらないと……」
「私は大丈夫です。それに、有能な貴方方はこうして直ぐに迎えに来てくれたではありませんか」
「はぁ……」
護衛の隊長らしき人は何とも言えないような顔でため息をつく。
その時、僕と彼女の目が合う。
彼女は一瞬目を見開き、その後僕に向かって穏やかな笑みを浮かべた。
「さあ、帰りますよ。本日は素晴らしい日になりました」
「待ってください! おい、お前ら! 聖女様をお守りしろ!」
「「「はっ!!!」」」
鎧の騎士たちと供に消えていく聖女様。
そして、僕の背後にはいつの間にかミウとミサキが……。
「……嫌な予感」
「同感だね」
頷き合う二人。
それはいいけど、僕のお尻をつねるのだけはやめて欲しい。
僕は何もしてないってば……。
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