第173話 感動の対面
「何や。カナタくんやないか。えらい久しぶりやな。元気にしとったか?」
相手が僕とわかったマイケルくんは、以前と変わることない気さくさで話しかけてきた。
「久しぶり。マイケルくんも元気そうだね」
「当たり前や。旅は身体が資本やで!」
ドンと胸を叩くマイケルくんに僕は笑顔を返した。
「それはそうと、何や随分人数が増えたんと違うか? ワイの知っとるのはミサキちゃん位か」
「えっ!? ミウを忘れたの!」
マイケルくんの言葉にミウは頬を膨らませて抗議する。
ああ。そっか。
「何を言っとるんや。新手の冗談かましてもワイは騙されへんで! ミウちゃんはもっとこうモフッとしとった筈や」
「いや、マイケルくん。実は――」
僕はマイケルくんにある程度の事情を説明する。
「は〜、何や。ほなら彼女がミウちゃんか。よう分からんが、えらい変ってもうたなー。随分と美人さんになったんとちゃうんか?」
「わかる? 流石マイケルくんだね」
「当然や。ワイは違いの分かる男やで」
ご機嫌になったミウと談笑するマイケルくん。
ミウは彼に初対面であるアリアとポンポを紹介している。
その時、ふと僕はあることを思い出し、その会話に割って入った。
「そうだ! マイケルくん、これを――」
僕は巾着からトーマスさんの手紙を取り出し、マイケルくんに渡す。
マイケルくんはそれを開くと、ギョロリと見開いた目を上下に動かしながらそれを黙読する。
暫く経ち、マイケルくんは内容を全て読み終えたのかそれを閉じると、顔を上げて僕に目を向ける。
「なるほど、親父はんも色々苦労したんやな。ほならワイも一度帰らんといかん。カナタくん、今親父はんが住んでいる場所は――」
「ああ、それなら直ぐに連れてってあげるよ」
僕はその場でゲートを展開する。
別にマイケルくんになら見られても問題ない。
突然の扉の出現に驚くマイケルくんを促し、連れ立ってその門を潜る。
「は〜。何や、こないな所があったんやな。ワイ、目が飛び出るほどビックリや」
目の前に広がる一面の畑、はるか遠くまで広がる緑。
それを見て、マイケルくんが感心したように唸った。
「ん!?」
その時、ある方角から突如として土煙が上がる。
いや、あれは、そうか。
「ガルッ! ガルッ!」
「グルッ! グルッ!」
その土煙の発生原因たちは、その勢いのままミウの周りを衛星の様に旋回する。
彼らの要求が「遊んで!」だということは、言葉のわからない僕でもわかる。
「ミウ、良いよ。マイケルくんの案内は僕がするから」
「うん、ありがとう! タロ、ジロ、行くよ!」
タロジロが嬉しそうに短い尻尾を千切れんばかりに振る。
そしてミウとアリア、ポンポが自らの背に乗ったことを確認すると、脱兎の如くこの場から消えて居なくなった。
「何や、人気者やな〜」
「まあね。さあマイケルくん、案内するよ」
ユニ助も役目は終わったとばかりに自らのゴージャスホームに帰還した為、案内人は僕とミサキの2人。
とは言っても、既に魚人の拠点近くを流れる川は視界に入っている。
キョロキョロと周りを珍しそうに見回しながら歩くマイケルくんに歩調を合わせながら、ゆっくりと目的地に近付く。
「おい、あれは!」
「ああ!」
川で作業をしていた魚人の若者がこちらに気付いたみたいだ。
1人が川から上がり、足早に集落へと向かう。
恐らくはトーマスさんを呼びに行ったのだろう。
「おお、川も魚が一杯やな〜。しかも水が綺麗や。見てたら泳ぎたくてうずうずとして来るっちゅうもんや」
「後で存分に泳ぐといいよ」
「ホンマか? 遠慮なくそうさせてもらうわ!」
水面を眺めつつ、僕らは橋へと差し掛かる。
「ん!? あれは――親父はんか!?」
案の定、橋の向こう側にはトーマスさんが何人かを引き連れて僕らを待っていた。
トーマスさんは少々俯き加減、ひょっとして涙でも堪えているのだろうか?
隣にはその奥さん、すなわちマイケル君の母親の姿も見える。
そして感動の対面。
マイケルくんが立ち止まったのに合わせて僕らも止まる。
しばしの沈黙。
その静寂を破り、マイケルくんは一歩前に進み出る。
「親父はん、お袋はん、久しぶり。元気し」
「このバカ息子がーーっ!!」
「ぐはっ!!」
年を感じさせぬトーマスさんの見事な右ストレートがマイケルくんにクリーンヒット。
マイケルくんの身体が足場の無い場所まで飛ばされ、そのまま自由落下で川へと沈んだ。
「……幻の右?」
「いや、ミサキ。そんな事よりトーマス君が浮いてるって! 助けなきゃ!」
水面にぷかぷかとうつ伏せに浮かぶマイケルくん。
だが、僕より先に魚人たちが彼を助け出していた。
「おほん! 失礼を致しました。不肖の息子マイケルを連れてきて頂きありがとうございます。後の事はお任せください」
「あの……、マイケルくん、死にませんよね?」
「大丈夫、あの一発で儂の気持ちはスッキリとしました。後でマイケルと供に改めて挨拶に伺います」
一礼をして去っていくトーマスさん。
その脇で奥さんが深くお辞儀をしていた。
想像していた感動の対面とは違ったが、あれはあれで愛されているということなのだろう。
「……合掌」
「ミサキ、マイケルくんは死んでないよ」
兎に角、僕らは別荘で一休みするとしますか。
次の日、僕らの出発前にトーマスさんとマイケルくんが別荘に顔を出した。
僕は2人をリビングに案内する。
「カナタ殿。この度はマイケルを探し出して頂き、感謝の言葉も無い」
「僕たちは偶然出会っただけですから」
僕は深々と頭を下げるトーマスさんに何とか顔を上げてもらう。
「生きている間にマイケルに会えるとは思っておらなんでの。半ば諦めておった」
「いや、それまでには一度帰ってくるつもりやったんや」
「ふん、口では何とでもいえるわ!」
口喧嘩のような親子の会話、僕は何とも微笑ましく感じていた。
「なんや、親父はん。もう帰るんか?」
「お前とは違って、儂には仕事があるんでな。時期を見てお前にも分けるからそのつもりでの」
「嫌や、それは堪忍や!」
一通りの礼を述べたトーマスさんは、足早に集落へと帰っていった。
しかし、忙しいと言っていた割に、その手にはしっかりとお土産のケーキBOXが握られていたのはいつもの事だ。
「ふう……、親父はんも言いたい事を言って帰って行きよった」
「それだけマイケルくんのことを心配してたんだよ」
「まあ、親父はんやお袋はんに心配かけたっちゅうのは否定できんな」
マイケルくんは一呼吸入れるように目の前のお茶に口をつける。
「それで、旅は続けるの?」
「わからへん。元々ワイの旅は、より良い土地を探す意味合いもあったんや。まあ、住んどった森があないになったのは計算外やったけどな」
「へえ、実は親孝行なんだね」
「口が裂けても言うたらあかんで」
「ああ、わかったよ」
マイケルくんに睨まれ、僕は口にしない事を約束する。
「じゃあ、暫くはここにいるんだね。自分の集落なんだし、ゆっくりしていけばいいよ」
「そうさせてもらうわ。それより、出発しなくていいんか? 急ぎなんやろ?」
「ああ、そうだった。じゃあ、そうさせてもらうよ」
僕はソファーから立ち上がる。
「ほな、またな。気いつけや」
「ありがとう」
僕はマイケルくんと固く握手をして別れる。
別荘を出ると、すでにミサキたちの準備は出来ていた。
「……行きましょう」
「ああ、急ごう!」
そして、僕は再びゲートを展開した。
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