第172話 彼、再び
「……ん、復活」
素材を集めて製薬した薬を飲み、見る見るうちに顔色の良くなったミサキ。
翌日には何事も無かったかのように床から起き上がり、僕らに向けて薄っすらと笑顔を浮かべた。
「ミサキ、良かった〜」
「……ミウ、迷惑をかけた」
ミウがミサキの手を取って喜んでいる。
かく言う僕も、ミサキの無事に心からホッとしていた。
しかし、そんな僕をチラリと見て、ミサキは再び上半身を布団に預けて寝そべる。
「……しかしまだ本調子では無い。……完全復活にはやはり王子様の口づけが必要」
最近聞いたようなセリフだ。
「いや、そのセリフを流暢にいえる時点で、完全に復調したと僕は思ってるんだけど」
「…………」
そうそう、復調と言えば同じ赤熱病であったニコとサチの母も順調に回復傾向にあった。
こちらは病に伏せっていた時間が長かったため、ミサキとは違って直ぐに復調とはいかない様子。
ただ、それは体力の問題だけなので、きっと時間が解決してくれるだろう。
「あの幽霊さん?に感謝だね」
「ああ、本当に」
何が起こったかは今一つ理解していないが、助かったのは事実。
もしかしたら女神様から貰った運補正が働いたのかもしれない。
そして一日が過ぎ、ミサキの体調が問題無い事を確認した僕たちは、その日のうちに村を出発することにした。
村の入り口には僕たちを見送る為に集まった村人たち。
その中の1人が僕たちの前に一歩進み出る。
彼は僕たちを家に泊めてくれた村人のアクサだ。
「ありがとうございました。色々とお世話になりました」
お世話というのは勿論、ニコの母親のこと、そしてデングに貰った赤熱病の特効薬のレシピのことだろう。
「カナタさん、ありがとう!」
「お兄ちゃん、また会えるよね?」
ニコとサチも駆け寄ってきた。
2人の顔には笑顔が戻っている。
うん、やはりこの年頃の子供はこうじゃなくちゃね。
「ああ、また寄らせてもらうよ」
サチの頭をポンポンと軽く叩き、僕は馬車に乗り込む。
そして村の人々の振る手に見えなくなるまで応え、村を後にするのだった。
草が風にたなびく中、いつもよりゆったりと馬車は進む。
行く道には目に優しい植物の天然色が広がる。
馬車内では、ちらほらと咲いている花についてミウが質問していた。
「あれは何?」
「あれはムラサキ花です〜。服が綺麗に染まるです〜」
「じゃあ、あれは?」
「キイロアカネなの。棘があるから注意なの」
僕も途中からその会話に耳を傾けていた。
僕の植物の知識レベルは、イデアにある前の世界に通ずる植物なら兎も角、この世界のものに関して言えばミウとそう変わらない。
先程から関心しきりである。
「……私も詳しい」
ミサキの私に聞けアピールを笑顔で返す。
ふと空を見ると、どうやら良い時間だ。
「ユニ助、昼にしよう。適当なところで止めてくれ」
「うむ、承知した」
ちょうど近くにさらさらと流れる小川も見える。
ユニ助は川の近くに横付けするように馬車を停車させた。
「ここは空気が良いの」
「本当です〜!」
馬車から降り、解放されたかのように大きく伸びをする皆を横目に、僕は早速と準備に取りかかる。
「カナタ、手伝うよ♪」
「皆で準備するの」
それを見たミウとアリアが僕に駆け寄ってきた。
「じゃあミウはここに土台をつくって。アリアとポンポはこれに串を通してくれるかな」
「……私は?」
「ミサキはまだ病み上がりだし、ゆっくり休んでていいよ」
「……わかった。……カナタを見てる」
いや、それはそれでやり辛いのだが……。
「おっひっるっ♪ おっひっるっ♪」
ミウが自作のお昼の歌を歌いながら、土魔法で土台をつくる。
その上に持参した金網を乗せ、下部に燃料をくべれば完成だ。
「おお、バーベキューか。我も楽しみだ」
馬?なのに肉類大好きなユニ助が鼻をすんすん鳴らしながら近寄ってきた。
末裔は随分俗世的になったとご先祖様が嘆いていなければ良いが……。
「ユニ助はそこら辺の草でも食べてれば?」
「何だと、チビ助! 喧嘩売ってんのか!」
ミウとの見慣れたやり取りを横目に、僕はアリアたちが準備してくれた肉串、野菜串を網に乗せていく。
燃料を点火して暫くすると、良い匂いが音と共に僕の元に運ばれてくる。
うん、そろそろ良いかな。
「さあ、食べよう!」
「「「「いただきます!」」」」
持参していたスラ坊特製のタレをつけて先ずは一口。
うん、美味い。
甘辛いタレが素材の味を殺さず、旨みを存分に引き出している。
「美味しいね、カナタ♪」
「……満足」
「流石なのです〜!」
ミウ、ミサキ、ポンポも満足そうに頷く。
「うむ、我も満足だ!」
アリアが取り分けた皿の肉に齧り付き、ユニ助も満足そうだ。
「ほら、アリアも食べないと」
「うん、わかってるの」
食材は沢山用意してあるから大丈夫だけど、アリアにいつまでも給仕の真似事をさせておくわけにはいかない。
美味しい食事は皆で一緒に食べたいしね。
そして至福のひと時はあっという間に終わる。
僕は小川へと向かい、水を両手ですくって少々脂ぎった顔を洗う。
冷たい水が何だかとても気持ちいい。
「うん?」
ふと違和感を感じて、僕は水面に視線を戻す。
そこに映っていたのは僕の顔では無く……。
「おわっ!」
思わず僕は飛び退いた。
「どうしたの、カナタ!」
ミウが慌てて駆け寄ってくる。
すると、小川から何かがひょっこりと顔を出した。
「何や何や、ワイのハンサムな顔を見て驚くとは、あんさん失礼なやっちゃ!」
その魚は僕に向かって文句を言う。
いや、彼は――。
「マイケルくん?」
そう、彼こそがトーマスさんの息子であり、以前僕たちの素材集めに協力してくれたマイケルくんその人であった。
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