第170話 決戦! 灰色熊!
太い腕が頭上高くから大斧のように振り下ろされる。
僕はすぐさま後方に飛び退き躱す。
「流石に真面には受けられないな……」
先ほどまで僕が居た場所は地面がクレーターのように凹んでいる。
剣で受けていれば押し潰されたであろうことは想像に難しくない。
「カナタ! 伏せて!」
屈んだ僕の頭上をミウの風の刃が通り過ぎる。
それが奴の目前まで迫ったその時、耳を覆いたくなる程の咆哮が灰色熊の口から発せられた。
「GYAAAAAA!!」
その咆哮は衝撃波となり、ミウの魔法を打ち消す。
同時に放たれていたアリアの矢も力なく地面へと落下した。
「まだまだだよ!」
ミウも生半可な遠距離攻撃は通じないと思ったのか、詠唱を長めに、威力の高い魔法へと切り替える。
「GYAAAAAA!!」
再び天に向かって灰色熊の咆哮が木霊する。
ミミューでさえ後方で耳を押さえる仕草をしている。
耳がおかしくなる前に勝負をつけようとしたその時、
「大変なの! あれを見るの!」
アリアの叫びに僕もその方向を見やる。
のそりのそりと現れたのは熊の集団。
どうやら先ほどの咆哮は仲間、いや手下を呼ぶ為のものだったようだ。
その数ざっと20匹程。
だが、大きさは目の前の存在よりかなり小さめで、言うなれば一般的。
僕は詠唱を中断したミウ、そしてアリアに声をかける。
「2人は新手を頼む。こっちは僕が何とかする!」
「気をつけて、カナタ。終わったら直ぐに救援に向かうね」
「こちらは早く終わらすの」
ミウとアリアは迫りくる熊の集団を迎え撃つためこの場から離れる。
「大丈夫なのかい?」
ふと、ケンが僕に声をかけてきた。
「ああ、大丈夫。と言いたいところだけど、やるしかないって感じかな」
「頼むよ。僕はまだやり残したことが沢山あるんだ」
言葉の内容とは裏腹に、その口調から悲壮感はあまり感じられない。
いざという時にその人の本質が出ると言うが、なるほど彼はやはり肝が据わっている。
「ああ、任せとけ!」
「キキュー!」
ミミューからも応援を受け、僕は再び灰色熊に立ち向かう。
奴も狙いを僕に定めている様なので丁度良い。
「行くぞ!」
大きく振るわれた腕が巻き起こす風圧が僕の髪をなびかせる。
僕は体勢を低く接近し、その勢いのまま突きを入れる。
だが、紙一重でそれは躱されてしまった。
体格に似合わぬスピードだ。
「シッ!」
僕は間髪入れずに剣を横に払う。
咄嗟の事なので体重は乗っていない軽い一撃。
その為か、剣は固い筋肉に阻まれ、途中で挟み込まれたかのように止まる。
「くっ!」
不味いと思い剣を引き抜こうとする僕に対し、灰色熊は空気を裂くかのように腕を振るう。
辛うじて抜いた剣で何とかその攻撃をガード。
しかし、そのパワーが抑えられる筈も無く、僕はそのまま後方に吹き飛ばされる。
何とか体勢を崩さずに地面に降り立った僕に対し、奴は4本の脚で地面を蹴りつつ突進してくる。
それを横に転がるようにして避けた僕の後方で、暫くして凄まじい音が鳴り響く。
振り向くと、灰色熊は太い幹を持つ大木にその頭を打ちつけていた。
灰色熊のぶちかましを受けたそれはメキメキと音を立てて倒れていく。
そして倒れた方角には先程現れた熊たちが。
「GYAAAAAA!!」
数匹が逃げる事が出来ず下敷きになった様子。
灰色熊が憎々しげに叫び、僕を睨む。
いや、お前が悪いんだろう。
闘牛のように前脚で地面を引っ掻き、再度突進の気配を見せる灰色熊。
巨大なトラックを思わせるような突進、真面に喰らったらアウトだ。
僕は軽く爪先立ちをして突進に備える。
咆哮を上げ、僕に向かって再び突進してくる灰色熊。
僕の足にぐっと力が入る。
だが、そこで気がついてしまった。
「くっ! コイツ!」
僕の少し後方にはケンとミミュー。
コイツ、思ったより知恵が回る!
そんな事を考えている間にも、灰色熊は飛ぶような勢いで迫る。
僕は咄嗟に無詠唱で魔法を発動。
目の前に盛り上がる土壁。
そしてその手前で少し盛り下がる地面。
ここは出来る限り勢いを殺すしかない。
土壁は大きな音と共にいとも簡単に破壊される、予想通り。
そして、その陰に隠れていた僕は正面の位置から少し外れた場所で待ち構える。
そこから剣を横に流すようにして突進の軌道をほんの少し逸らす。
まともに受けていないとはいえ、かなりの負荷が僕の両腕にかかる。
しかし、ここで剣を離す訳にはいかない。
ほんの些細な軌道修正。
だが、そのお蔭で灰色熊はケンとミミューの脇を通り抜け、更に先にある大木にぶち当たる。
僕は2人にその場を離れるように合図を送りつつ灰色熊に接近する。
そして、体制が整わない奴の背中に剣を突き刺す。
途中で筋肉の鎧に阻まれるが、そんな事は承知の上。
「くらえっ!」
掛け声と同時に黒曜剣の黒い輝きが一瞬にして白くスパークする。
乗せたのは雷撃。
ありったけの魔力を込めて放たれたそれは剣から傷口を伝い、灰色熊の内部へと行きつく。
「GYAAAAAAAAAAAAA!!!!」
灰色熊は地鳴りするような叫び声を上げたのを最後に、ドスン!と仰向けに地面に倒れた。
僕は警戒しながら近づき、念のために止めを刺す。
終わった……。
しかし、魔力が枯渇寸前なのか身体がだるい……。
「カナタ!」
ミウ、アリアが駆け寄ってくるのが見えた。
どうやらあちらも終結したようだ。
「ふむ。ここの主を無傷で倒すか。中々にやるね」
戦いの終わりを見届け、近寄ってきたケンが呟く。
あれが主だったのか?
だが、疲労感が激しく彼の軽口に疑問を投げかける余裕はない。
こんな時にもし……。
だが、得てして嫌な予感は現実となる。
「見つけたぞ! お前ら!」
聞き覚えのある声に僕は目線を送る。
そこには赤ら顔をさらに赤くしたデングの姿があった。
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