第166話 森は危険がいっぱい
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
眩しい太陽らしき恒星が地平線から首をもたげる早朝。
森の入り口に辿り着いた僕たちは、ここで一旦ユニ助と別れ、森の奥地へと向かう一歩を踏み出す。
まだ早朝だからなのか、森の中は薄っすらと靄がかかっていた。
「大丈夫、近くに魔物はいないよ」
視界が悪くともミウの探知は鈍ってはいない。
僕は濡れ落ち葉を踏みしめつつ前に進む。
「迷いの森って言うからにはどんなものかと思ったけど……」
今のところ、視界が悪い以外は普通のの森にしか見えない。
だが、ここは迷いの森と呼ばれている場所。
何か少しでも対策をしておかなければならない。
そう思った僕はおもむろに短剣を取り出し、大きめな木の幹に傷をつけた。
「目印にするんだね」
「ああ。でも、これ位のことは今までの人もやってたと思うけどね」
ちなみに、この目印はあくまで同じ場所を通らないようにする為のもの。
帰り道の目印は、いざとなったらイデアに戻れる僕たちには必要ない。
そして、暫く歩いた先で、また木の幹に印をつける。
先程は1本線、そして今度は2本線だ。
「あっ!? カナタ、見て!」
その場から立ち去ろうとした僕の腕をミウが引っ張る。
ん!? 何だ!?
ミウが指差していたのは先程の木の幹。
そこにつけた傷が見る見るうちに塞がって、元通りになっていく光景が僕の目に映る。
僕は試しにもう一度傷をつけてみる。
しかし、先ほどと同じように傷は塞がってしまった。
「すると、その前につけたのも……」
「多分消えちゃってるね」
どういう原理だかはわからないが、折角付けた目印は役に立たなかったということだけはわかった。
さて、どうしようか?
そんな時、小動物が一匹、木の幹からするすると駆け降りてくる。
縦縞のふさふさの毛並みに丸まった尻尾。
どうやらリスのようだ。
「へえ、こんな場所にリスがいるんだ」
僕は自然とリスに手を伸ばしていた。
リスはつぶらな瞳でこちらを見ると、逃げる事無くそのまま僕の手に乗って肩口まで駆け上がる。
そして――。
「シャアアアッ!」
「危ないの!」
アリアが僕の肩からリスを払い落とす。
何事かと僕は地面に転がったリスを見た。
小さい口からはみ出ている2本の牙を隠そうともせず、赤く血走った目で僕を睨む小動物。
さっきの可愛らしさは何処へやら、これがリスだと言うのは僕の認識違いだったようだ。
「油断しちゃ駄目なの! 森は危険が一杯なの」
リスもどきを手早く始末したアリアに注意される。
「ごめん。ありがとう、アリア。助かったよ」
……うん、気をつけよう。
「森は怖いんだね〜」
「ミウちゃん。ちゃんとした知識さえあれば平気なの」
やはり森に関しては、ダークエルフであるアリアに一日の長がある。
僕とミウは素直にその教えを受けることにした。
「よろしく、アリア先生」
「任せてなの。ちなみにさっきのクッコロは魔物じゃないの。でも獰猛だから注意が必要なの」
なるほど、要するに先程のリスもどきは肉食動物というわけか。
見た目に騙されちゃいけないな。
「さあ、先を急ぐの」
「ああ、そうだね」
ミサキ、それにニコの母親が僕たちの帰りを待っている。
こんな所で足踏みしている暇は無い。
僕は目印を諦め、先を急ぐことにした。
そして数時間が過ぎ、日もかなり高くなってきた。
しかし、少しは晴れると思っていた視界は悪いままであった。
しかも――。
「この靄、少し魔力を帯びてるね」
そう、ミウの言う通りこれは唯の靄では無く、その中には微量な魔力が含まれているようだ。
そして、恐らくはこれが方向感覚を微妙に狂わせている。
なるほど、奥にまで辿り着けない筈だ。
だが、心配は無用。
何故なら、僕らには強い味方がいる。
「あっちなの」
先頭を行くのはアリア。
その歩みには一切の迷いが無い。
それもその筈、何でも彼女は植物によって方角がわかるそうだ。
簡単に言うと、向日葵の花のように日差しの方向に向かう特徴を持った植物がこの森に自生しているとのこと。
漂う魔力も植物までは騙せなかったようだ。
流石はアリア、森に関して博識である。
「アリアがいて助かったね」
「ああ、本当に」
「大した事ないの」
いやいや、そんな事は無い。
実際、僕があさっての方向に行こうとしたのを止めてくれたしね。
僕とミウだけなら迷子になっていた自信がある。
アリア様々だ。
「霧が濃くなって来たな」
そして、ひたすら突き進んだ結果、視界がすこぶる悪くなってきた。
数メートル先のものも見えないこの状況に、僕たちの歩みは遅くならざるを得なくなる。
「これで魔物でも出たら厳しいな」
「カナタ、それフラグみたいだよ」
ミウの探知に何かが引っかかったようだ。
僕は身構える。
そして、それが僕たちの前に姿を現した。
先端が2股に分かれた赤い舌をチロチロと出しながら、魔物が僕たちにのっそりと近づいてくる。
その体躯は僕よりも二回りは大きい。
紫色の肌はぬめぬめとしていて、何だか両生類を思い起こさせる。
「えいっ、なの」
距離を詰められる前にアリアが動いた。
巨大な弓から放たれた矢が勢いよくそれに襲い掛かる。
だが、そのサンショウウオもどきは身体を大きくうねらせ、器用にも自身に纏わりついていた粘膜を矢に向けて飛ばす。
べちょっという擬音と共に矢は地面に落下。
そして、更に近づいてくる魔物。
……接近戦はしたくないのだが仕方が無い。
「ミウ、援護を頼む。アリアも」
「任せて!」
僕は剣を抜き、魔物に斬りかかる。
しかし、半ば予想していた通り、肌に纏わりつく粘膜により攻撃が届かない。
まるでスライムを棒で叩いたような感触だ。
「ミウちゃん、火が有効なの」
「わかったよ、アリア」
ミウが自らの周りに無数の火球を浮かばせる。
飛び退く僕。
それと同時に、火球が一気に巨大イモリを襲った。
魔物は僕の目の前でのた打ち回る。
どうやら地面に身体を擦りつけるようにして自らに纏わりつく炎を消そうとしているようだ。
だが、それを悠長に見ている僕ではない。
周囲に土埃が舞う中、僕は魔物に接近、その頭部目がけて剣を振り下ろす。
既に身体に纏わりついていた粘膜は炎に焼かれ薄くなっている。
そして、掌に伝わる確かな手ごたえと共に、僕の剣は魔物を切り裂いたのだった。
布で丁寧に剣を拭い、鞘に仕舞う。
幸い、あの粘膜には腐食などの効果は無かった模様。
そして、僕たちの目の前で横たわる魔物の遺骸。
普段だったら回収するのだが、今回は何となくそんな気になれない。
何よりもあのぬめっとした身体に好んで触れたくはない。
「討伐部位だけでも取っておけば?」
「それがわかれば苦労しないさ。アリアは知ってる?」
「知らないの」
アリアも魔物の事は知っていても、討伐部位までは知らないようだ。
まあ当たり前か。
今までギルドに登録なんて出来なかったんだから。
こんな時にミサキがいれば……。
僕は改めてミサキに頼っていたことを実感する。
そして、今回の事が全て落ち着いたら少し勉強しよう!と決意を新たにしつつ魔物を放置、先に進むのであった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!




