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第162話 白銀の竜

「皆、足元には気をつけて」


 巨大洞窟とも言える横穴の内部では岩肌が凍っているため、足元がツルツルと滑る。

 僕らは念の為にと用意しておいた特注のスパイクシューズに履き替え、地面の氷を削りながら慎重に進む。


「何よ、遅いわね」


 そんな中、ミーシャはスイスイと滑るように音も無く進んで行く。

 慣れているとはいえ大したものだ。




 ぼんやりと青白く光る内部。

 奥に進んでいくにつれ、次第に肌寒さが増してくる。

 一応魔法で防寒している筈なのだが、それでも冷たいという事は実際はきっと凍るような寒さなのだろう。

 こんな時、以前ならばミウをもふもふして暖かさと癒しの補充を図るのだが、現在のミウは見ての通り人型、ちょっと残念である。


「いよいよ冒険です〜!」


 ポンポが声を弾ませる。

 キラキラと輝く純真な瞳は好奇心に満ち溢れていた。

 そう言えば、出発時にそんな事で張り切っていたっけ。

 僕としては何も無い方が有り難いんだけど……。


「しっ! 静かに!」


 ミーシャがこちらを振り向き、人差し指を口に当てる。


「ここからは、見つからないように慎重に進むわよ」


 一体、何に見つからないようにしなければならないのか?

 その疑問の答えについて、ある予想が頭に浮かぶ。

 だが、口に出すことで肯定されても困るので、僕はとりあえず口を閉ざしておく。


「……濃密な気配。……いる」


 僕の耳元近くでミサキが呟く。

 ああ、わかってるよ。

 この圧力(プレッシャー)とも言うべき力を感じられない程、僕は鈍感では無い。


 目の前には小山のように盛り上がった岩。

 そして、その影に隠れるようにしてミーシャが前方を覗き込む。


「ほら、見なさい!」


 早く来いとばかりに手招きされたので、僕はそこに近付きミーシャを真似てそっと前方を覗いた。

 ――――やっぱりか!?


「……カナタ、予想的中おめでとう。……賞品はやっかい事一式」


「だね」


「ミサキ、嫌なこと言うなよ」


 ミサキの緊張感の無い冗談に僕は真顔で答える。

 だが、お蔭で少し落ち着いたのも事実だ。


 僕は改めて前方に向き直る。

 そこに存在していたのは光沢を持った白銀の鱗に包まれた巨大な竜。

 それが眠っているかのように目をじっと閉じていた。

 

「どう? あれが私たちの守り神、クリュール様よ。ふふん、びっくりして声も出ないでしょう?」


 いや、びっくりしたのは君のその行動だよ、とは口が裂けても言えない。


「待ってなの。動くの!」


 アリアの声に僕は再びそちらに目をやる。

 そこでは竜がゆっくりと大きな首をもたげていた。

 大きな目が徐々に開かれていく。


「えっ! あれっ! おかしいわ。ひょっとしてこれって不味い?」


 ミーシャが混乱気味に取り乱す。

 ――ってことは、これは想定の範囲外ってことか。

 

 そして、その美しき竜は僕らに向かって口を開く。


『そこに隠れている者、何用です? 顔を見せなさい』


 聞いたことの無い言語。

 しかし、それは透き通るような女性の声として僕の脳内で変換される。

 僕はミウたちと目を合わせる。

 どうやら同じように聞こえたようだ。


「あれ、ねえ、どうしたの。危ないわよ」


 ミーシャの制止を振り切り、僕たちは岩陰から竜の前へと姿を現す。


『ふむ、珍しい事もあるものですね。あの女神が使いを寄越すなど』


 女神の使い――か。

 それって、僕たちの加護が見えるってことなんだろうな、きっと。

 僕は頭の中でそんな事を考えつつ、彼女?に返答した。


「いえ、クリュール様。私は使いとしてここに来たわけではありません。その……、何というか……成り行きで……」


 口ごもる僕に対し、目の前の竜は会話を続ける。


『私に「様」は要りませんよ、女神の従者よ。そうですか、使いでは無いと――。ならば、貴方方はただの侵入者ということで間違いないのですね』


 優しい口調、だがそれがかえって彼女?の凄みを増幅させる。


「いや――、まあ、そうなりますか」


 何をされるかと緊張気味の僕に対し、クリュールは小さく笑う。


『ふふっ。そんなに身構えなくとも、取って喰いやしませんよ。ただ、黙って侵入した罰として、私の願いを一つ聞いて貰いますけど、宜しいですね』


「願い、ですか?」


 白銀の竜の願い。

 何を頼まれるのかが不安だが、今の状況はこちらが全面的に悪いので断れる雰囲気では無い。


『ええ。ここから遥か北にあるドムト山という火山があります。その火口付近にある熱鉱石を取って来て欲しいのです。量は馬車1台分程度で構いません。多少多くとも貴方なら問題ないでしょう?』


 どうやら僕が身に着けている巾着のこともわかっているようだ。

 こうなれば僕としては選択肢は一つしかない。


「わかりました、お引き受けします。それで、期限はいつ頃まででしょうか?」


『なるべく早くお願いします、私の方もそろそろ限界ですから――。昔はこの付近でも取れた物なのですが、不便になったものです』


 まるで人間のようなため息を吐くクリュール。

 その様子は何処か滑稽である。


「はい。では、急ぎ出発したいと思います」


『頼みましたよ。ん!? そう言えば名前を聞いていませんでしたね』


「カナタといいます」


『カナタ……、カナタですか。どこか懐かしいような響きです。では、よろしく頼みますよ、カナタ』


 最後にそれだけ言い残すと、白銀の竜は再び眠りにつくように瞼を閉じ、身を伏せる。

 具合が悪いとは聞いていたが、目の前で見ても何となくそんな感じだ。

 

 そして僕はというと、後ろを向き直り皆に声をかけた。


「――ということで、急いで出発するよ」


「ミウはいつでもおっけーだよ!」


「……問題ない」


「早く助けるの」


「冒険です〜!」


 そして、その中には状況から取り残された少女も1人。


「ちょっ、どういうこと? 何が起こってるの? 何処に行くのよ! 説明しなさい!」


「……貴方には関係ない」


「なんですって〜っ!」


 相変わらずの2人。

 まあ、彼女の突拍子もない行動によってクリュールと縁が出来た訳だし、そんな邪険にしなくてもいいと思うよ、ミサキさん。


 

最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

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