第161話 炎と氷
「クリュール様――ですか?」
僕の問いにロヴィーサさんは答える。
「はい。我らを守護する氷竜、クリュール様のお具合がよろしく無いことが影響していると思います」
『氷竜』
その言葉に僕は興味を惹かれた。
「しかし、具合が良くないとは?」
「詳しい事は私にもわかりかねます。ですが、御住いの場所近くで時折聞こえる苦しげなうめき声とその力の一端である氷原の世界が外にまで漏れ出ていることから、私たちも非常に心配しております」
「なるほど、この寒さの原因はそんな事が……」
しかし漏れ出ているって……、本当に大丈夫なのだろうか?
もしかしたらイデアロードの街を襲っている寒波もその影響があるのかもしれない。
何とかしたいところではあるが、彼女らに無断で勝手な行動をする訳にもいかないし――。
見たところ氷竜は彼らの信仰の対象。
初対面の人間を気軽に会わせてくれはしないだろう。
「では、本日はこれで。有意義なお話が出来て感謝していますわ」
「はい、こちらこそ」
初会談を無事に終え、僕たちは本日泊まる部屋へと案内される。
用意されていたのは2部屋、もちろん部屋割りは男女で別れることにした。
ミウは少々不満顔だったが、少女に変身した今となっては我慢してもらうしかない。
僕も何となく寂しくはあるが……。
きっと成長した娘が成長して離れた時の親の気分ってこんな感じかもしれない。
次の日、朝食をご馳走になっていた僕たちの前にミーシャが颯爽と現れた。
そして僕たちの食事が終わるのを今か今かとそわそわしながら待ちわびている。
落ち着いて食事をしたいので急かさないで欲しい所だが、それを口に出すとまたややこしくなりそうなので僕は敢えて我慢しておいた。
「さあ、行くわよ!」
僕たちが食べ終わるや否や、彼女の元気な声が部屋に響く。
予想通りすぐに出発するらしい。
張り切る彼女の後について、僕たちは屋敷を出て街の大通りを歩く。
向かっているのは以前見た大聖堂だ。
道が一直線の為、現在の位置からも大聖堂が確認できる。
どうやら一般にも開放しているらしく、街の人がちらほらと中に入っていくのが見えた。
そしてとうとう僕らもその目の前まで辿り着いた。
「何してるの。早く行くわよ!」
その場で建物を見上げていた僕らだったが、ミーシャに促されてその人たちに紛れて内部に入る。
「はぁ」
僕の口から自然と関心の声が漏れた。
見上げる程に一際と高い天井。
それを円で囲むように横一面にはめ込まれているカラフルなステンドグラス。
そこから差し込む光は幻想的にきらめき、全てを包み込むように柔らかく内部に降り注ぐ。
正面の祭壇らしき場所から入口に向かって跪き台がついた長椅子が扇状に配置されており、人々はそこで熱心に祈りを捧げていた。
そして祭壇の後方には大きな竜の頭がかたどられた木製のオブジェ、それが高い位置から祈る人々を静かに見守っている。
「どう? あまりの美しさにビックリしたんじゃない? 由緒正しい街ならこれくらいあって当然だけどね」
ミーシャはミサキを見てふふんと鼻を鳴らす。
ミサキはというと、落ち着き払った涼しい顔でそれを受け流している。
「……カナタ、建てましょう」
――かと思いきや、その額には薄っすらと青筋が。
言葉少なだが、イデアロードにも同じものを立てようと僕に訴えかけてきた。
「無駄よ。街の職人が技術の粋を集めて建てたこの建物を真似る事なんて出来ないわ。諦めなさい」
「……甘く見ない方が良い、この程度ならすぐ出来る。……それに、真似では無い。……これを優に超える物になる」
「何ですって〜!」
バチバチと火花を散らし始めた2人。
もうそれは放っておくことにして、僕はポンポに声をかける。
「ポンポ、上ろうか?」
僕が指差したのは恐らく屋上につながるであろう階段だ。
「もちろん上るです〜!」
「あっ、ミウも行くよ!」
僕の後をポンポ、ミウ、そして黙ってアリアがついてきた。
「ちょっ! 案内人の私を置いてどこに行くつもりよ!」
「……少し待つことも必要」
暫くしてこちらに気づいた2人から抗議の声を上げられるが僕はさらりと流し、そして屋上に辿り着く。
そこでは僕らよりもはるかに大きい黄金色の鐘が出迎えてくれた。
そして何よりもその場から見る景色も白く美しかった。
「凄いです〜!」
「どう? これが私たちの街なのよ」
ここでも自慢げに語るミーシャにミサキが一言。
「……まあまあ」
「何よ、ミサキ! どこら辺がまあまあなのよ。言ってみなさい!」
「……イデアロードの夕暮れの方が綺麗」
「きぃーっ!!」
また始まったようだ。
「カナタ、いいの?」
「ほっとこう、問題ない」
僕らは再び2人を置いて1階へと戻るのであった。
その後も僕らは貿易前の視察も含めて商業施設などを見て回る。
他の街との交流は殆ど無いようなので、時折見たことも無い物が売られている。
僕はその中で気になるものをいくつか購入し、巾着袋に仕舞う。
キリアの街では独自の通貨が使用されていたが、金や銀の価値はここでも不変なようで、僕らの使っている硬貨との物々交換という形で購入できたことは幸いであった。
「くっ! これでも満足できないっていうの!」
「……満足はしている。……でも、イデアロードの方が上」
「きぃーっ!」
相変わらず二人の掛け合いは続いている。
お互いの得意な魔法とは逆に、熱いミーシャと少し冷めたミサキ。
上手くすればいいコンビになりそうだと思ったのだが……。
「そう、そうね。それならとっておきの場所に案内してあげるわ」
ミーシャが意を決したように呟く。
「……別にいい」
「いいから! さあ、貴方たちも黙ってついてきなさい!」
ミサキのセリフにいきり立つミーシャ。
隣にいたミウが僕の顔を見てやれやれとでもいうように小さくため息をつく。
僕は仕方ないよと目線で返しておいた。
「あれ? 街を出るのか?」
門からそのまま街の外に向かおうとするミーシャに僕は声をかけた。
「いいから! 黙ってついて来ればいいのよ!」
何を言っても無駄なようなので、そのまま彼女について行く。
まったく……、ミサキもある程度は調子を合わせてあげれば良いのに。
そんな思いを込めてミサキに視線を送ると、
「……甘やかすのは良くない」
との返事が返ってきた。
――とりあえず、僕は次に見た物については大げさに驚いてあげることに決めた。
街から見て裏手である山道をサクサクと新雪を踏みしめながらひたすら登っていく。
「カナタ、雪って凄いね」
「ふわふわなの」
「気持ちいいです〜」
ミウ、アリア、ポンポにはそれぞれ赤、黄、青の長靴を履かせている。
それがふわふわの新雪に埋まる感触がどうやら楽しいらしい。
どんなことにでも楽しみを見いだせる3人を羨ましく眺めていると、ミーシャから早速お声がかかった。
「あそこよ」
ミーシャが指差したもの。
それは3階建ての建物がすっぽり納まってしまうほどの巨大な横穴。
そして、その両脇には白い鎧を着た見張りらしき兵士が2人。
ミーシャは片手で僕らをその場に留めると、
「ちょっと待ってなさい」
そう言ってその見張りに一人近付いて行く。
そして――。
彼女に対し一礼して近づいてきた2人を手慣れた動作で気絶させる。
見張りは恐らくは街の兵士の筈。
僕の中に何か言い様の無い不安が過る。
「さあ、済んだわ。早速入りましょう!」
爽やかな笑顔で微笑むミーシャ。
正直、引き返したい。
だが、ここで帰りたいっていう意見は通りそうにない。
「カナタ……」
「覚悟を決めるしかないね、ミウ」
そして、僕らは巨大な横穴へと足を踏み入れるのであった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!




