第１５９話　こんがり

「ミーシャよ」

「ラングストン家の親衛隊長のシャルです」

「領主のカナタです」

「……嫁のミサキ」

「同じく、ミウだよ！」

　シャルさんの登場により落ち着きを取り戻した少女、ミーシャに事情を聴いたところ、どうやら今回の件は彼女の過剰防衛だったということが判明。

　危険が無いと判断した僕は、彼女とその従者であるシャルさんを屋敷へと招待する。

　勿論、街への損害に対することも含めた話し合いを行う為だ。

　ちなみに、氷漬けとなっていた男たちは警備兵が身柄を拘束、そのまま収監となった。

　何でも、彼女の手持ちの金品を強奪、あわよくば彼女自身を誘拐しようとしたらしい。

　彼らの人相が以前から指名手配していた人物と一致したことも、彼女の言い分を信じるに足ると判断できた一因である。

「申し訳ありませんでした。壊れた物については全額こちらで修繕費用を負担いたしますので……」

　本当に申し訳なさそうに頭を下げるシャルさん。

　その醸し出す雰囲気から察して、どうやら彼女は苦労人のようだ。

「まあ、悪かったわ。貴方たちも彼らの一味だと思ったのよ」

「お嬢様！」

　ミーシャの余りにざっくばらんな物言いを咎めるシャルさん。

　でもまあ、幸い怪我人は収監した男たち以外はいなかったので、こちらとしては街の損害を弁済して貰えば文句は無い。

「それと、貴方！」

　シャルさんの注意そっちのけで、ミーシャはビシッという擬音と共にミサキを指さす。

「あれはまだ本気じゃ無かったんだからね。そこのところを勘違いしないで欲しいわ」

「……私も同じ」

　２人の目線の先で火花が散る。

　お互い共に譲る気は無いようだ。

　そんな２人は置いておいて、僕はシャルさんに問いかけた。

「ところで、ラングストン家とはどちらの街を拠点にしているのですか？　失礼ながら、あまり聞き覚えが無かったもので……」

「ああ、知らないのも無理はありません。貴方方がピューレ山脈と呼んでいる山々のうちの一つである万年雪で覆われた山、そこが私どもの拠点ですから」

　イデアロードの南東方向にそびえている頭一つ飛び出た雪山があるのは知っている。

　しかし、あんな過酷な場所に人が住めるのか？

　そんな僕の視線の意味を察したのか、シャルさんは答える。

「仰りたい事はわかります。ですが、私どもは貴方方とは違う人種ですので問題はありません」

　違う人種？

　人ではないということか。

　僕はシャルさんをまじまじと見る。

　白い雪のような肌以外は何ら僕らと変わりなく見えるのだが……。

「……カナタ」

　いつの間にか目線での争いを終えていたミサキに注意され、僕はシャルさんに無遠慮な視線を浴びせていたことに気づく。

「あっ、すいません」

「いえ、かまいません。見た目はほとんど変わらないのでわからないと思いますよ」

　にこやかにほほ笑むシャルさん。

「しかし何故、その事を僕に？　秘密にしておいた方が良かったのでは？」

　僕の疑問にシャルさんは答える。

「この街の事は失礼ながら詳細に調べさせて頂きました。そして、もちろんカナタさんの事も――。パーティーメンバーにダークエルフがいることもわかっています。人種に対する差別が無く、国ともある意味一定の独立を果たしている。まあ、他にも何かありそうでしたが――」

「何か――ですか？」

「いえ、止めましょう。兎に角、私どもがカナタさん、そしてこの街に敵意が無い事だけはわかって頂きたいのです。これからの付き合いの為、私どもの正体を打ち明けたのは誠意と思っていただければ幸いです」

　警戒心を顕わにした僕の眼差しを正面から受け止め、シャルさんはそう言い切った。

「なるほど、わかりました」

　僕は彼女の言葉を聞き矛を収める。

　彼女はさらに続ける。

「そこで、お詫びも込めた提案ということで、我々の街にカナタさんたちをご招待したいと思いますが如何でしょう」

「そうね、私の街の美しさをぜひ見に来てちょうだい」

　我が意を得たりとばかりにミーシャが同調した。

　僕はミウ、ミサキの顔を交互に見る。

　２人が頷いたのを見て、僕の返答は決まった。

「わかりました。伺わせて頂きます」

「ありがとうございます。我が主も喜ばれると思います」

　その後、僕たちは訪問日程の調整や修繕費用についての話し合いへと入るのであった。

「――ということで、キリアの街に行くことになりました」

「旅行です〜！」

「楽しみなの」

　別荘のリビングにて、その場に居合わせなかった２人に今日のことを話すと、ポンポは飛び上がって喜んだ。

　アリアもどことなく嬉しそうだ。

「ポンポ、そんなに楽しみ？」

「遠出です〜！　冒険です〜！　血がたぎるです〜！」

　いや、そんな危険な事は起こらないと思うんだけどね。

　ところで、何か忘れているような……。

「そうだ！　ユニ助にも話しておかなくっちゃ」

　僕はパーティーの輸送担当、ユニ助の事を思い出す。

「別にいいんじゃない？　どうせヒマなんだし」

　相変わらずユニ助には冷たいミウだが、遠出の重要な足である彼に話さない訳にもいくまい。

　僕は別荘を出て、馬小屋と呼ぶにはあまりにも魔改造されすぎた建物へと向かう。

「おお、カナタではないか！」

　開いた自動ドアから中に入ると、ふわふわもふもふの白いクッションのような物の上でうつ伏せに寝転ぶユニ助の姿が――。

　……何か来るたびに新しいアイテムが増えてる気がするのは僕の気のせいだろうか？

「ん！？　どうした？　我の力が必要になったのであろう？」

　どことなく上から目線が少々ムカつくが、また拗ねられたりいじけられても困るので、僕はストレートに本題に入る。　

「３日後に出かけることになってね。よろしく頼むよ」

「ふむ。それで、どこに行くのだ？」

「ピューレ山脈の１つの雪山だよ」

「雪山……」

　何やら考え込むように黙りこくるユニ助。

　どうしたのだろう？

「うむ。その日、我は体調が悪い。いや、実に残念だ」

　その日は体調が悪いって……。

　『お通夜の予定』とかじゃないんだから。

　ひょっとして――。

「ユニ助、寒いの苦手なのか？」

「な、な、何を言っている！　高貴な我に苦手なものなどは無いわ！」

　慌てて取り繕うユニ助。

　既にバレバレである。

「何だ、そうか。せっかく魔法で防寒が出来るのに。必要ないみたいだね」

「む。――いや、その、何だ。折角の気持ちを受け取らないとは言っていないぞ、カナタよ。どうしてもということなら、その魔法にかかってやろうではないか。これは特別だぞ。これからは日頃の感謝をこめてユニ助様とでも呼ぶと良い」

　次第に調子に乗っていくユニ助。

　だが、僕は気が付いた。

　背後からの禍々しいオーラに。

　振り向くと、そこには青筋を立てているミサキの姿が。

「……ユニ助、私の魔法も試してみる？　……画期的な暖房魔法」

　そんなセリフを投げかけ、ミサキは詠唱を開始する。

「おお、それは大儀で――。ん！？　ちょっと待て、ミサキよ。なんだその周囲に浮かぶ無数の火球は？　それは一体――」

「……こんがり」

　ミサキが無機質な一言をユニ助に告げる。

　サーッと顔を青ざめさせるユニ助。

「ちょ、ちょっ、ちょっと待て！　いや、そう、我が悪かった。久しぶりに必要とされて調子に乗っていたと認めよう。だから――」

「……確実に暖かい、それは保障」

「それはただの丸焼けではないかー！！」

　この後、イデアの地にこの世の終わりを思わせるような絶叫が響いたとか響かないとか……。

　――合掌。