第158話 暴発
「へえ。羽振りの良いお客さんもいたもんだね」
久しぶりに美食亭の方に寄ってみたところ、とある気前の良い客についてスラ坊に聞かされる。
「そうなんですよ。店員が返そうとした時にはもういなかったらしいんです。それで、どうしようかと思いまして……」
「気持ちだから、そのまま貰っておけばいいんじゃない?」
生真面目なスラ坊に、深く考えないようにとミウがアドバイスする。
確かにミウの言う通り、真面目すぎると疲れるよ、スラ坊。
「……ゴライアス金貨」
「ん? 何それ」
ミサキの呟いた言葉を聞き、僕は問いかける。
「……大昔に栄えたゴライアス王朝の通貨。……私も見るのは初めて」
「大昔って……、じゃあそれって結構価値があったりする?」
「……家が一軒買える」
それはまた随分貴重な金貨のようだ。
となると、その少女はここいらの貴族では無いな。
僕はふと、先日の王都でのことを思い浮かべた――――。
領主や貴族の王都への招集。
気は進まなかったが、キマウさんのごり押しに近い勧めにより代理出席とはせず、僕は王都へとミウ、ミサキと供に向かった。
但し、集まりに関しての出席者は僕のみ、ミウとミサキは優雅に王都観光である。
まったくもって羨ましい。
「これはこれは、カナタ子爵では無いか!」
「おお、確かに。何でも子爵の領地は素晴らしい発展を遂げているとか。いやぁ、是非あやかりたいですな」
「いや、まあ……。ありがとうございます」
わらわらと僕の周りに集まる名も知らぬ貴族たち。
その目の奥にある下心は流石に僕でもわかる。
また、僕に対して遠目に厳しい目を向けてくる者は、恐らく「若造が上手いことやりやがって……」とでも思っているのだろう。
どちらにしても鬱陶しいことこの上ないが、角が立たない程度の応対をこなしつつ、時が過ぎるのを待つことにする。
そして始まった王都の会合。
テーブルのお誕生席にある立派な造りの椅子には国王が座っている。
そして、会議の中の議題の一つに王自らが発言するものがあった。
「ふむ、実はな。ある地方でイニャーゴが大発生しているそうだ。被害が広がる前にこれから対策を打とうと思うのだが……」
「それは良いお考えです」
「ええ、是非に必要だと思います」
貴族たちの肯定の返事に、国王は大きく頷いている。
しかし、イニャーゴって……、猫の親戚か?。
恐らくはイナゴの事だと思うけど、何とも気の抜ける名前だ。
「おお、賛成してくれるか。そこでだ。貴殿たちにも多少の費用を捻出して貰おうと思う。問題なかろう?」
そんな国王の問いかけに貴族たちの顔色が変わる。
「いえ、私の領地はちょっと資金繰りが……」
「私のところも……」
お互いに目配せしつつ、貴族たちは皆言葉を言いよどむ。
暫くして、その中の1人が明暗が思い浮かんだとばかりに高らかに発言した。
「そうだ! 今回は発展目覚ましい街を持つカナタ殿に出してもらうのはどうでしょう?」
「おお、それは良い考えだ!」
「中々に発展していると聞くしの」
貴族たちは口々に負担のなすりつけの言葉を口にする。
冗談じゃない!
皆が苦労して作り上げた街を食い物にされてたまるか!
流石の僕も抗議の声を上げようとしたその時、
「ええい、黙れ! 見苦しい! このまま広がればお前らの領地もただでは済まぬのだぞ! 負担は領地の広さに合わせて一律。これは余の決定事項だ!」
そんな王の言葉を聞き、貴族たちは揃って頭を項垂れるのであった。
――とまあ、一律そんな感じのこの国の貴族が、おいそれと価値ある金貨を出す訳がない。
きっとどこか他の国から来たとみて間違いないだろう。
少女の正体は兎も角、イデアロードがそういった人たちにも認知されてきたということは嬉しい限りである。
「さてと、話を戻すとして、新メニューの件だっけ?」
「ええ。カナタさんの知識にあるものをまた少しでも再現出来たらと思ってます」
「それは楽しみだ」
「では、先ず聞きたいのは――」
「カナタさん!!」
今日の本題であるメニュー談義に入ろうとした矢先、一人のオークの警備兵(見た目人間)が店に飛び込んでくる。
「大変です! 今すぐ来てください!」
「どうしたの?」
ミウの問いかけに、その警備兵は慌てた様子で答える。
「何者かが街の外れで暴れています。残念ながら我々だけでは手に余りそうなので、ゴラン隊長不在の今、急ぎカナタさんたちをと小隊長に言われまして――」
「……カナタ」
「よし、行こう! スラ坊、また後で」
「ええ、こちらは構いません。お気をつけて」
僕はスラ坊に断りを入れ、急ぎ現場へと向かった。
その惨状は凄まじいの一言であった。
裏路地の所々が氷で覆われており、その中に人相の悪い男が2人、引きつった顔で氷漬けになっている。
そして、そのさらに奥には吹雪のような氷が舞っており、中心には一人の少女が立っていた。
「カナタさん、来てくれたんですね! 残念ながら我々ではどうすることも出来ませんでした。お願いします」
警備兵に委ねられ、僕たちは少女に向かって前進する。
「何? 貴方も仲間? なら、容赦しないわ!」
ピキピキと音を立てて固まる氷が蜘蛛の巣のような広がりを見せ僕らに迫る。
僕が応戦しようとしたその時、ミサキがそれを制止するかのように前へ出る。
「……私に任せて」
その言葉と同時にミサキから発せられた炎の渦。
それが迫りくる極寒の氷と激突する。
炎と氷が中央に留まり、鍔迫り合いのように動かなくなる。
威力はほぼ互角、というかミサキの魔法に対抗できるとは……。
どうやら目の前の少女もかなりの魔力の持ち主のようだ。
「ミサキ、手伝う?」
「……いらない、大丈夫」
ミウの申し出を断ったミサキは、僕にも微かに聞こえるくらいの小さな声で詠唱を重ねる。
すると、中央に留まっていた炎が勢いを増し、目の前の氷に丸ごと覆いかぶさるかのように包み込む。
更には、その勢いを衰えさせず少女へと迫る。
「させないわ!」
少女を守るように発生した厚い氷の壁が、荒れ狂う炎の侵食をせき止める。
そして、それらが幻であったかのようにお互い打ち消し合い、炎と氷はその場から跡形もなく消え去った。
少女とミサキは再び対峙する。
「中々やるわね」
「……こちらのセリフ」
傍から見るとどこか楽しそうな2人は、殆ど同時に詠唱に入る。
その場の魔力が濃くなっていくのが僕にもわかる。
万一のことを考え、僕はコッソリと詠唱準備に入る。
ミウも同じ考えのようだ。
「お待ちください!」
そんなピリピリとした戦闘空間に、一つの影が飛びこんできた。
肌の白いスラリとした美女、ここいらでは見かけない顔だ。
「シャル?」
少女が詠唱を中断し、飛び込んできた女性の名前らしき言葉を呟く。
それを見て、ミサキも詠唱を中断した。
どこか疲れたような表情の女性。
状況は良くわからないが、これで漸く話し合いが出来そう……なのかな?
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m




