第157話 来店
辺り一面銀世界につつまれたイデアロード。
大通りには除雪車ならぬ除雪馬車が、通行の妨げになる雪をかき削っている。
道行く人の吐く息は皆白く、時折かじかんだ手をすり合わせ身を震わせていた。
「さあ、見てってくれ! 冬物、冬物が安いよ! この寒さで風邪を引く前に、是非うちで一式備えてってくれ!」
そんな中でも、商店街の活気は消えることが無く、逆にそれがチャンスとばかりに大通りは熱気にあふれている。
もちろん、それはこの店も例外では無かった。
「マリアン! 流通が滞っている今こそが売り時だ! 先見の明で仕入れたこの在庫、一掃するつもりで売りさばくぞ!」
「わかってるわよ、父さん。その代わり、ボーナスには色をつけてよね。わざわざ休みの日にこうやって出張ってるんだから!」
『イデアロード領主御用達!!』の看板をデカデカと掲げる雑貨屋。
言わずと知れたマリアンの実家である。
店頭に急ごしらえらしき屋根を設置し、その下の商品を陳列、たたき売りよろしく道行く人に声をかけていた。
「おっ、嬢ちゃん! どうだい、見てってくれよ!」
マリアンの父、パコダはきょろきょろと興味深げに周りを見回していた少女に声をかけた。
「私?」
その少女は自分を指さして問いかける。
「ああ、そうさ! ほら、可愛い手袋もあるぞ!」
そう言ってパコダは可愛い花の刺繍のついたピンクの手袋を少女の前に差し出す。
少女はそれを珍しい物でも見るかのようにまじまじと観察している。
「どうだ! 可愛さだけでなく暖かさも兼ね備えた逸品だ! 安くしとくぞ!」
少女はパコダと手袋に交互に視線を送り、間をおいてから手に持っていたそれをパコダへと返す。
「寒いのは平気よ」
ふと、パコダは彼女の着ている物が現状にそぐわぬ薄手のワンピースであることに気付いた。
だが、再びパコダが声をかける前に少女は目の前を駆け出していた。
彼はその後ろ姿が何となく気になりはしたが、そこは商売人。
すぐさま気持ちを切り替えて通りかかった他の人物に声をかけるのであった。
※
「ふーん。これがイデアロードね。まあまあじゃない」
屋台で買った肉串を頬張りつつ、橙色の髪の少女は呟く。
爛々と輝く青い瞳と短く切り揃えられた髪が少女の活発さを前面に表しているのとは対照的に、その肌は透き通るように白かった。
目鼻立ちも整っており、何処か気品を感じさせる雰囲気はすれ違う者が振り返る程のレベルであったが、当の本人はその視線を気にする様子も無く、どことなく優雅な足取りで大通りを歩いて行く。
「あら? あれは何かしら?」
少女の好奇心旺盛な瞳が竜の尾のように長い行列を発見。
何の行列だろうと思い、少女は最後尾の男に声をかける。
「ねえ、あなた。この行列は何なのか教えなさい」
声をかけられた男は振り返る。
そして、年恰好に似合わぬ尊大な態度で質問する少女に対し気を悪くするでもなく答えた。
「何だ、知らないのか? ――ってことは嬢ちゃんはここの人間じゃないな。並んでいるのは食堂さ。イデアロードに住むからには、ここの飯を食わずに生活することはありえない程に美味いんだぜ」
途切れなく熱弁を振るう男。
彼の話をさらに聞くうちに、彼女はその食堂に興味を惹かれた。
そして、それが自然であるかのように列の最後尾に並ぶ。
「お勧めはあるの?」
「おおよ! 何でも美味い事には変わりないが、この時間はシェフランチが一番だな。料理長がその日一番の食材を使って作る至高の料理。それが俺ら庶民でも手が出る値段で食えるんだ。こんな事は王都ならあり得ないぞ! つくづくここに越してきてよかったぜ!」
男は知らずの内に垂れてきた涎を啜る。
「ふ〜ん。まあ、貴方を信用してあげても良いわ」
男の話が一旦途切れたのを見計らい、少女は周囲を観察する。
彼女の並んだ列の隣にはもう一列、こちらも長い人の列が出来ており、その中には一般人に紛れて貴族の使用人らしき者も疎らに見受けられた。
何やら袋を抱えて店を出てくる様子から、どうやらこちらはお持ち帰りの列のようだと少女は判断する。
「持ち帰りね。美味しかったら考えようかしら」
「ああ、そうした方が良い。おっと、列が動き出したぜ」
入れ違いで店を出てくる満足そうな人の顔を見て、「これは当たりかも……」と少女は期待に胸を膨らませる。
そして一時間後、店内に入った少女は席に座り、男に教えて貰った通りシェフランチを注文する。
「お待たせしました。シェフランチです」
出て来たのは白パン、サラダ、それにスープ。
本日のシェフランチはトートー鳥とキャベツのコンソメスープセットであった。
コンソメという聞き慣れない単語に不安はあったが、透き通った黄色いスープの匂いがその不安を一掃する。
一口、また一口と少女はスプーンでスープを口に運ぶ。
鳥はスプーンを軽く入れるだけでほぐれるほど軟らかく煮こまれていて、キャベツという野菜もしかり。
彼女は瞬く間に料理を完食してしまった。
「ちょっと、あなた!」
少女が通りかかった店員に声をかける。
「はい! 何でしょう!」
少女に呼ばれ、快活に返事をする女性店員ハンナ。
「シェフを呼んでちょうだい」
「……あの、何かございましたでしょうか?」
神妙な顔で聞き返すハンナに対し、少女は笑顔で答えた。
「安心してちょうだい、クレームじゃないわ。あまりに美味しい料理だったので作ったシェフの顔を見たかったっだけよ」
「え〜っと、申し訳ございません。現在は繁忙しておりまして、手が離せそうにないのですが……」
「それもそうね、悪かったわ。また次は空いている時間に来ることにするわ。これは美味しい物を食べさせてくれたお礼よ。取っておいてちょうだい」
彼女が親指で弾いたコインを落とさぬ様に慌てて受け取るハンナ。
そして、それを見て目を丸くする。
「お、お客様!!」
ハンナが慌てて声をかけるも、少女はいつの間にか席を立ち、彼女の声が聞こえないかのごとく立ち去っていた。
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