第156話 寒波
日光の遮断された薄暗い部屋。
物静かな室内が重苦しい雰囲気を醸し出す中、テーブルを囲んでいた内の1人がゆっくりと立ち上がり口を開いた。
「報告します。先日の件ですが、移動時の力場の発生による巻き込まれだと予想されます。対策としましては、移動時に部屋を閉じて隔離してしまう方法が良いかと思われます」
その報告を聞き、一人の人物?がサングラスを人差し指で持ち上げる仕草を見せて一言。
「ふむ。ではそれでいくとするで――」
「だあっ! 何ですか、これは!」
たまらず部屋の明かりをつける僕ことカナタ。
それに対し、大きめのサングラスをかけたアテナさん(仮名)が不満そうに頬を膨らませる。
「う〜ん、相変わらず遊び心が足りないでちゅね。折角、秘密結社の会合らしく演出したでちゅのに」
「ここは秘密結社じゃありません!」
そう、今行われているのは決して怪しい組織の会合では無く、イデアならびにイデアロードの現状の問題点とこれからを話し合う健全な場である。
「……形はどうでも」
「さすが、ミサキちゃんは良くわかっているでちゅ!」
ミサキの、話し合えれば問題ないとの呟きに、アテナさん(仮名)が同調する。
ミサキさん? その割にはアテナさん(仮名)と同じくサングラスをかけてノリノリなのは僕の気のせいですか?
「ふぅ……。まあ、とにかく再開するでちゅ」
大きなため息を漏らしつつ、アテナさん(仮名)は先に進めるように促す。
まるで僕が進行を妨げたとでも言いたげな態度は実に不本意である。
気を取り直して会議は再開される。
この場に集まっているのは僕を含めたアテナの寵児の面々、オークからは族長のゴラン、魚人からはトーマスさん、ぽんぽこ族からは隊長のマサル、ウササ族からは若き族長タンジ、イデアロードの政治担当としてキマウさん、アウラウネのピューネ、何故かヒミコまでちゃっかりとこの場にいる。
そして、テーブルのお誕生席にすわっているのがオーナー兼相談役のアテナさん(仮名)である。
いい加減、(仮名)をつけるのが面倒くさくなってきた。
「話は戻りまちゅけど、扉のセキュリティーが甘かったでちゅね。これからは巻き込まないように設置してある部屋のドアを閉めてから移動するように徹底するでちゅ」
アテナさんが言っているのはイデアロードから学園の子供たちがイデアに侵入してしまった件だ。
その子たちには確かに扉は見えないし触れなかったのだが、移動する際に発生した力場は否応なしにその子たちを巻き込んでしまったという訳だ。
幸い大事には至らなかったが、もし侵入者が悪意を持った者たちであったらと考えると、セキュリティー強化が優先事項であることは間違いない。
その他のイデアに関しての報告は、農作物も順調に育っており、おおむね現状維持で問題なさそう。
そして、話はイデアロードのことへと移る。
「では、イデアロードの現状に関してですが、現在問題点が一つ……」
報告するのはキマウさん。
イデアロードの政治を一手に担っていると言っても過言では無いやり手が珍しく困り顔をしている。
僕たちは彼の話に耳を傾けた。
現在イデアロードを襲っている寒波。
先日までカラリと晴れていた空はどんよりと曇り、空からは真綿のような雪が静かに降り積もっていく。
季節的にいうと今は秋口の筈なのだが、この寒さは流石に異常であった。
「この寒さのお蔭で、農家の畑は大打撃です。文献を調べましても、この地域でここまでの寒さに見舞われた事は無いようです。しかも、今は冬ではありませんしね」
俗にいう異常気象。
地球温暖化はこの世界とは無縁な筈だが、何か他に原因があるのだろうか?
「それで、作物が全てやられたという訳ですね」
「ええ。幸いにして食料の類はイデアからの物で十分賄えますが、問題は農家の人達ですね。収入がゼロになってしまっては生活できませんから」
なるほど、確かにそれはそうだ。
「暫くは街が援助するしかないですね。あれ? そう言えば妖精たちはどうしたんですか? 彼女たちがいれば、ある程度の寒さでも多少は農作物が育っていると思うんですけど」
「いえ、それがですね」
言いづらそうに口ごもるキマウさんに促され、僕は屋敷の一室の扉を開けた。
そこには――。
「う〜。寒い」
「はぁ〜。ぬくぬく」
「しあわせ〜」
部屋の中央にあったのはオレンジ色の布団をかぶせた冬には欠かせない器具。
そしてその中に潜りつつ、まったりとしている妖精たち。
その顔はとても幸せそうだ。
「まあ、こういった状態でして……」
なるほど。
流石にこの寒さには妖精たちも堪えているようで、現在は活動休止中ということらしい。
炬燵でぬくぬく。
猫だけでなく、まさか妖精にも当てはまるとは思ってもみなかったが。
「……役立たず?」
ミサキが何気に酷い一言を呟く。
「何よ〜。この寒さの中、働けるわけないでしょ!」
「そうだ! そうだ!」
「鬼! 悪魔!!」
勢いづいて口撃する妖精たちだったが、彼女の一睨みで一瞬にして布団の中に潜り隠れる。
相変わらずミサキは苦手のようだ。
「異常気象なら仕方が無いんじゃない? それよりもカナタ、ミウたちも暖まろうよ」
颯爽と炬燵に潜り込むミウ。
アリア、ポンポもそれに続いた。
「そうだね。先ずは暖まって、それから考えるか」
僕はミウたちと供に、炬燵布団の中に足を入れて暖まるのであった。
※
「何処? ミーシャは何処なの?」
白銀の世界に溶け込むように存在する白い宮殿。
その広い宮殿内で、白いドレスを身に纏った貴婦人がおろおろと取り乱していた。
「ロヴィーサ様。お嬢様は私どもが全力を挙げて探していますのでご安心ください。それに、おおよその手掛かりは掴んでおります」
貴婦人の前で、白銀の鎧の騎士が膝をつき一礼をして彼女に告げる。
見た目は二十代前半のうら若き女性。
だが、その凛とした雰囲気は熟練の騎士を彷彿とさせる。
「本当? 本当なのね?」
ロヴィーサが少女のように目を輝かせて目の前の騎士に問いかける。
「はい。お嬢様は恐らくイデアロードにいるかと思われます」
「イデアロード?」
ロヴィーサは初めて聞く単語に首を傾げた。
「はい、新しく出来た人間の街でございます。全く、お嬢様の好奇心にも困ったものです」
それを聞いたロヴィーサは決意を込めた目で、
「そう、わかったわ。では、全軍をそちらに差し向けて――」
「ロヴィーサ様、いけません!」
白銀の騎士シャルは我が子の為に暴走を始めたロヴィーサを諌める。
それでいてあまり慌てた様子を見せないのは、恐らくこれがいつもの事なのだろう。
「お嬢様の身は特に心配する必要はないでしょう。それよりもむしろ――」
シャルは頭の中で良からぬ展開を思い浮かべる。
(人間がいらぬちょっかいをかけねば良いが……)
シャルの顔に浮かんでいた憂いた表情は、彼女の使えるべき主人には残念ながら伝わってはいなかった。
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