閑話 とある学生の冒険②
「おい! 何なんだよ、これは! 何処なんだよ!」
「知るか!」
エイドの慌てように却って冷静になっているニト。
元々、エイドとは潜ってきた修羅場の数も違う。
落ち着いて周囲を見回し、現状の確認に努める。
草木が風でたなびく、一面が自然であふれかえっている景色は、どう見ても先程の場所では無かった。
しかし、運ばれてくる緑の匂いが、これが夢では無く現実であると彼の脳に伝えている。
「とりあえず……歩くか」
周囲にこれといったものは何もない。
このままじっとしていても埒が明かないと考えたニトは、当てずっぽうの方向に当たりをつけて歩き出す。
「ちょっ! 待てよ! 置いて行くなよ!」
その後を慌てた素振りでエイドがついて行く。
ニトは特に振り向くことはせず、手掛かりである何かを求めて前進するのであった。
「おい! 何か見えるぞ!」
暫くして、エイドは何かを発見したらしく、身を乗り出すようにしてその方向を指さす。
ニトもその指先が示す方向に向かって目を凝らす。
「あれは……建物!?」
近づくにつれてその全貌が見えてくる。
綺麗な木の柵に囲まれたそれは、ニトにとって見た事が無い作りの建物であった。
建物の周りには庭もあり、そこでは野菜のようなものを育てている形跡がある。
そのことから、ここに誰かが住んでいるのは間違いないと判断できた。
「おい! 行ってみようぜ!」
立ち止まって慎重に観察するニトに業を煮やしたのか、エイドはニトの返事を待たずに駆け出す。
しかし――、
「ガルルル……」
何処からともなく現れたのは小柄な獣。
もっとも、小柄と言っても子供であるニトたちよりも一回りほど大きいサイズである。
その獣がまるで建物を守るかのようにエイドの前に立ち塞がった。
「くっ! 何だこいつ!」
エイドは腰に着けていた護身用の短剣を抜き、獣に向けて振りかざす。
だが、それは目の前の獣の片腕の一振りによって彼方へと弾かれてしまう。
「なっ!?」
エイドの驚きの声と同時にニトは駆け出していた。
彼との仲はあまり良いとは言えなかったが、そんな事は関係ない。
半ば本能のまま、彼を助けるべく動き出す。
だが、それは叶わない。
「グルッ!」
始めに現れていた獣と瓜二つの獣が何処からともなく乱入、ニトを体当たりで弾き飛ばした。
「うわあっ!?」
やわらかい草の上に倒れこんだニトに幸い怪我は無かったが、肝心のエイドを助けるという目的は果たせていない。
「ガルル……」
一方で、獣はエイドの上に伸し掛かり、その顔を一舐め。
エイドの顔が見る見るうちに青くなる。
「ひっ、ひい〜!!!!」
エイドは慌てもがき、その場から脱出しようとするものの、獣の両腕は彼を上からガッチリ捉えて離さない。
駄目かもしれないとニトが半ばあきらめかけた時、遠くから声が聞こえた。
「タロー、ジロー!」
透き通るような少女らしき声に反応したのは二匹の獣たちだ。
「ガルッ!」
「グルッ!」
抑え込んでいたエイドを放り出し、二匹の獣は声のした方へ向かって駆けていく。
重しの無くなったエイドは、勢いよく飛び起きてニトに向かって叫ぶ。
「おいっ! 逃げるぞ!」
「えっ!?」
呆けているニトに向かってエイドは捲し立てる。
「あんな獣を従えている存在だぞ! 真っ当な人間の筈ないじゃないか。ほら、早く行くぞ!」
余程怖かったのだろう。
エイドは一目散と表現するよりも速く、その場から逃げ出した。
ニトは先ほどの声の主が気になったが、仕方なしに彼の後について行くのだった。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
お互い息を切らしつつその場にへたり込む。
既に2人の体力はかなり削られていた。
「おい、何か食い物持ってないか?」
「持ってる訳ないだろ!」
腹は減り、喉はカラカラ。
2人は座り込んだまま、周囲に何か食べられる物が無いか見廻した。
「おい、あれ見ろよ!」
エイドの指差した方向へニトが振り向く。
「あれは、果実か?」
少し離れた山のふもとに、赤い果実の生った木を発見した2人。
空いた腹を満たすべく木に近付き、果実をもぎ、一齧り。
「うん、美味い!」
「本当だ! 甘くて美味しい!」
それが食べられる物だとわかった2人は、2個、3個とその実をもいで口いっぱいに頬張る。
みずみずしい果実は、乾ききったニトたちの喉にも潤いを与えた。
しかし、その至福の時間も唐突に終わりを告げる。
「貴様ら! 我の領域で何をしている!」
地に響くような怒鳴り声に振り向くと、そこには巨大な竜が大きな顎を開き、2人を睨んでいた。
そのあまりの迫力にエイドの膝がカタカタと震える。
代わりに口を開いたのはニトだ。
「こ、ここが貴方の領域とは知らなかったんだ。だだ、僕たちは迷い込んでここに辿り着いただけだ。果実を食べてしまったことは済まないと思っているよ」
一飲みで自分など平らげてしまうであろう相手に対し、ニトは息継ぎも忘れ、必死に弁明をした。
「た、たいへんです〜! 侵入者です〜!」
「えっ!?」
何処からともなく聞こえた可愛らしい声にニトは耳を疑う。
「ゴホン! ゴホン! なるほど、お前らは迷ってここに来たという訳か。だが、ここは我の領域。食べた分は見逃してよるから早々に立ち去るが良い」
「「は、はい!」」
竜の許しを得たニトたちは即座にその場から立ち去った。
「皆に知らせるです〜」
その後に響いた声は今度は2人の耳には届かなかった。
「ニト、僕たち帰れるのかなぁ……」
「そんなの僕が聞きたいくらいだよ……」
あてのない歩みは何時しか森の入り口に辿り着いた。
さし当たって必要な食料を求め、彼らはその中に入っていく。
森の中は至って穏やかで、魔物の現れる気配は無い。
ニトとエイドは小動物に習い、食べられそうな果実を見つけてはもぎ、袋代わりの上着にためていく。
食料集めも何とか無事に終わり、森を出ようとしたその時、金属のかち合うような音が何処からともなくニトとエイドの耳に聞こえてきた。
「おい!」
「わかってる」
2人はお互いに目配せをし、音のする方角へと慎重に進んでいく。
そこで彼らが見たものは――。
「グラァ!!」
「ギャッ!」
それはオーク同士の戦闘。
一匹の大きなオークに何人ものオークたちが代わる代わる襲い掛かっている。
だが、大きなオークは難なくそれらを撥ねつける。
その後止めを刺さないところを見ると、それは一種の掛かり稽古のようでもあった。
ニトとエイドは木の陰でその戦闘に見入っている。
圧倒的な力、しかしそれだけでは無い何かをニトは感じていたが、それが何なのかは経験の浅さからわからなかった。
数十分後、多くのオークたちが地面にへたり込む中で、大きなオークはその中央で唯一気を吐いていた。
そしてのそりのそりとニトたちの方へと近づいてくる。
そして――、
「ガアアアッ!」
「ひっ!」
「わあっ!」
ワイバーンさえも怯ます威圧をまともに受けたニトとエイド。
2人はそのまま意識を手放すのであった。
※
「うん? 何だ? 隠れてサボっている奴かと思ったら、何だ、こいつらは?」
気を失った少年たちを見て、ゴランは首を傾げる。
「あの、ゴランさん。ひょっとしてミウさんが言っていた……」
おずおずと話しかけるオークの言葉に、合点がいったとばかりに両手を叩くゴラン。
「おお、そうか! 例の侵入者とかいうやつか! ミウから連絡を受けていたのを忘れていたわい。どれ、それならば、お前たちの誰かでこいつらを運んで別荘まで行ってくれ」
「えっ、今ですか?」
既に体力がほとんど残されていないオークたち、その中の一人が一縷の望みを込めて疑問を返す。
その発言にゴランは大きくため息をつき、
「何だ、情けない。仕方が無い、儂が担いでいくか」
ひょいと小柄な身体を二つ、その肩に抱え上げた。
こうして、ニトとエイドは捕われの身となったのであった。
以降、イデアロードで彼らの姿を見たものはいない――
――事は全く無く――
「うん!?」
「あっ、目が覚めた?」
ニトが目を開けると、そこには心配そうに覗き込むティアの顔があった。
「ここは……?」
「寮の医務室よ。街にある屋敷の前で倒れていたのを親切な人が運んでくださったの」
ニトがきょろきょろと辺りを見回すと、その横では同じようにエイドがベッドに横たわっていた。
彼はどうやらまだ目覚めていないようだ。
「それで、何があったのよ」
「それは――」
ニトはティアの問いに答えようと言葉を紡ごうとするが、肝心の何をしていたかが良く思い出せない。
「何よ、私には言えないっていうの!?」
「いや、そうじゃないんだけど……」
ふと、ニトはポケットのふくらみに気づき、手を入れてその中を探る。
そこに入っていたのは何かの種。
何故こんな物が入っていたのかはニト本人にはわからなかった。
「何よ、これがお土産って訳? まあ良いわ。寮の裏庭にでも植えましょう」
ティアは種をニトから奪うと、そのまま部屋を出て行った。
数か月後、その植物から成った実を見てニトが何かを思い出したかどうかは定かではない。
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m




