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閑話 とある学生の冒険①

今回、メインキャラは出てきません

 イデアロードの商店街。

 毎日盛況と言ってはばかりないその場所も、時間によって客層が大分変ってくる。

 そして今は夕方には少し早い位の時間帯。

 商店街には青い制服を着た少年・少女たちがそれぞれの店で思い思いの買い物を楽しんでいた。

 彼らこそがイデア学園の生徒たちであり、これからの街の未来を担う若者たちである。


「うん、美味い!」


 甘辛いタレがたっぷりついた串焼きを頬張りつつ、ニトは満足そうに笑みを浮かべる。

 奨学生として入学している彼には、多少ではあるが月々に小遣い程度のお金も渡されていた。

 子供同士の付き合いで仲間外れが起きないようにとの配慮である。

 

「うん、美味しいね!」


 ティアが隣で同じく串焼きを頬張るメリンダの口元を拭いながらその意見の同調する。

 これまで日々の糧を得るだけで精一杯であった彼らにしてみれば、今の平和な生活はそれこそ夢のようであった。

 しかし、そんな穏やかなひと時の最中、それを邪魔するべく横やりが入る。


「何だ、お前ら! またつるんでるのか! 女に混じっておかしいの」


 ニトから自然とため息が漏れる。

 いつもの聞きなれた声に振り向くと、そこには予想通りエイドとチップの姿があった。

 年の割に大柄体型の金髪少年エイド、小柄で細身である茶髪のチップ、ともにニトたちと同じイデア学園の生徒である。


 ニトはいつもの事なので相手にするまでも無いと無視を決め込む。

 チップはその態度を見て声を荒げる。


「何だ! その態度は! エイドさんを無視していいと思っているのか!」


 エイドは俗にいうお坊ちゃんであり、貴族の三男坊。

 先見の明のある父親が、息子の更生と社会勉強の為にとイデア学園へと息子を送り出した訳なのだが、そのような親の気持ちをを息子本人がわかっているのかは定かではない。

 唯言えることは、身分の差が関係ないイデア学園の中に在っても、チップという以前からの子分を引き連れて踏ん反り返っている様はおおよそ貴族のそれであった。


「チップ、いいさ。今日の僕は気分が良い。それよりもニト、これが何だかわかるか?」


 エイドが取り出した茶色い塊。

 相手をしないといつまでも絡まれると思ったニトは、仕方が無いとばかりにそれを受け取った。


「これは……」


 ニトは顔を上げエイドを見る。


「そうさ。それはホーンラビットの皮だ。僕が自分で取ってきたんだぞ!」


 エイドの鼻息が荒くなる。

 ニトの驚きように満足そうな笑みを浮かべた彼は、その隣にいるティアに目線を送り、


「んんっ、んっ。どうだい、ティア。そんな奴とつるむより、魔物を倒すくらい強い僕と……」


 チラチラと反応を窺うように言葉を紡ぐエイド。

 その気持ちは傍から見ればバレバレである。

 

「ふん! こんな物くらい僕だって……」


 面白く無さそうにニトが呟く。

 その言葉をチップがあざとく拾う。


「何だよ! お前にも同じ真似が出来るっていうのか?」


「ああ、もちろんさ!」


 売り言葉に買い言葉。

 ニトは対抗意識ありありで彼らを睨み返す。


「ちょっと、貴方たち。メリンダが怯えてるじゃない。いい加減にしなさい!」


 そんな時、3人にティアの雷が落ちる。

 見ると、彼女に横から抱き着くようにしてメリンダが顔を埋めていた。


「いや、だって……」


「僕は悪くないぞ! ニトが出来もしない事を言うから……」


 それぞれがティアに対し自分は悪くないと主張する。

 そんな男子たちに向かってティアが一言。


「と・に・か・く! メリンダの見てないところでやってよね! わかった!?」


 母親に代わって長年孤児たちのしつけをしてきたティア。

 こういう時の迫力は満点である。

 3人は渋々とそれに頷くのであった。

 


 



「おい! ニト! ちょっと付き合えよ」


 翌日、教室での授業が全て終わったところでエイドがニトに声をかけた。

 その隣には何時ものようにチップがいる。

 ニトは黙って静かに頷く。

 ふとティアと目があった気がしたが、ニトは気にせず彼らと供に教室を出ていった。


「ニト、昨日のことを証明してもらうぞ! 覚悟はいいな!」


「それはいいが、どうしようっていうんだよ。決闘でもするのか?」


 エイドの背中を見つつ、ニトは疑問を投げかける。


「そんなんじゃない。黙ってついて来い」


 突き進むエイドとチップに黙ってついて行くニト。

 学園を出て大通りに出ても更にエイドは歩き続ける。


「おい! どこまで――」


「もうすぐ――ほら、あれだ」


 目の前に現れたのは何の変哲もない真新しい建物。

 だが、ニトは知っていた。

 この建物が通称、『人食い屋敷』と呼ばれていることを。


「ふふん。降参するなら今の内だぞ?」


「だ、誰が!」


 ニトは不安を打ち消すかのような大声で怒鳴る。

 その虚勢とも取れる叫びを聞き、エイドの顔に笑みが漏れていると思いきやそんな事は無く、彼の顔にも薄く緊張感が走っていた。

 そして、エイドがおもむろに口を開く。


「この屋敷の噂は知っているな。入った人がいつの間にか消えているという人食い屋敷だ。僕とお前でこの屋敷を探索勝負をするぞ! 何かを発見した方の勝ち、先に逃げ出した方の負けだ。判定はチップにして貰う」


 ニトは言葉に詰まる。

 元々彼はこういう怪談じみた話が得意では無かった。


「どうした、怖気づいたのか?」


「そ、そんなことあるもんか! でも、チップは信用できない。お前に有利な判定をするんじゃないか?」


 ニトがエイドに抗議する。

 それに対する彼の答えは、


「不正はしない。それは貴族として誓う。これは僕とお前の純粋な勝負だ! 僕はお前より上なんだ。そして……」


 何時に無く真剣な顔のエイド。

 彼の本気を感じたニトは真剣な眼差しを返す。


 チップを門の前で待機させ、エイドが先陣を切るべく歩き出す。 

 格子状の鉄扉は鍵が開かっておらず、すんなりと2人の侵入者を内部に飲み込んだ。


 お互い言葉を発さず沈黙のまま正面玄関へ。

 白を基調とした扉には汚れ一つ無い。

 ニトにはそれがかえって不気味に感じた。


「さあ、開けるぞ!」


 ギィ……という音と共に扉が開き、隙間から内部に日光が差し込む。

 光により映し出されたのは中央にある女神像。

 更にその奥には巨大な螺旋階段が存在していた。

 

 一歩目を踏み出したニトが足に違和感を感じて飛び退き、その足元を確認する。

 そこにあったのは真っ赤な絨毯。

 そのあまりのやわらかさが違和感の原因であった。


「何だ、だらしない」


 エイドはニトを鼻で笑う。

 ニトの顔がカッと熱くなる。


「俺は先に行くぞ。 帰りたきゃ帰れ! 但し、次に会ったら『エイド様』って呼ぶんだぞ」


 エイドはそう言い残すとズカズカと奥へと進んだ。

 ニトも負けじと奥へと進む。


「何だよ! ついてくるなよ!」


「たまたま行き先が一緒なだけだ!」


 お互いが肩をつきあわせるように張り合いつつ、一つ目の部屋に入る。

 そこは机一つない空っぽの部屋であった。

 そんな部屋の内部を見回してエイドが嘆く。


「何だよ。これじゃ調べようが無いじゃないか」


 気を取り直して左隣の部屋に入るエイド。

 ニトはそれとは別の正面にある部屋へと入る。


 そして、出て来たところで2人は顔を見合わせる。

 どうやらお互い収穫は無いようだ。


「「ふん!」」


 そんな事を繰り返すこと数回。

 だが、お互いに収穫は無い。

 そもそも噂はあくまで噂でしかないのではないか。

 そんな風にお互いが思いかけていたその時、屋敷の扉が開く音が2人の耳に入った。


「おい、誰か来たぞ!」


「わかってる。チップか?」


 恐る恐る2人は身を隠しつつ玄関へと戻る。

 すると、侵入者の後姿が彼らの視界に入った。

 軽鎧を身に纏った体格の良い男性。

 彼らが得られた情報はそれ位であった。


「どうするんだよ! 人が来るなんて聞いてないぞ!」


「知るもんか。僕は後をつけてみる。ニトはそこで震えてればいいさ」


「抜かせ! 僕も行く」


 一定の距離を保ち、男の後について行くニトとエイド。

 中央の螺旋階段を使って2階へと上がり、男がその奥の部屋に入っていくのを確認する。


「おい、行くぞ!」


「わかってるさ」


 突発的な出来事に対抗意識を忘れた2人が連れ立って歩を進める。

 そして目的の部屋の前に辿り着き、中を覗くと――。


「き、消えた!?」


「嘘だろう!?」


 淡い光に溶け込むように男の姿が掻き消える。

 ニトは居ても立ってもいられず部屋へと突入する。


「おい、待てよ!」


 エイドがニトの肩を抑えるのと、淡い光がニトを包むのはほぼ同時であった。

 そして――。


 信じられない光景に目を見開く2人。

 そこには今までいた場所では無い景色が広がっていた。






最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m

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