第154話 それぞれの戦い
僕は改めて目の前のスタークを観察する。
高価そうな軽鎧は機能性も高そうで、その証拠に前回の僕の一撃も然したるダメージを与えていない。
そして彼自身はというと、操られてはいるようだがその目は虚ろでは無くむしろ僕に対してハッキリとした敵意を抱いている。
何か恨みでも買っていたのかどうかは別にして、どうやらただの操り人形という訳ではないようだ。
「ふっ!」
軽く息を吐いたスタークが、まるで縮地を発動したかのように一気に距離を詰める。
そして何の迷いも無く僕の頭目がけて剣を振り抜いた。
確かに速い――が、それよりも速い剣を僕は見た事がある。
決して対処できない速さでは無い。
僕はただ受けるのではなくそれを受け流すようにして相手の体勢を崩そうと試みる。
パワーの無い僕用に、とダグラスさんに教わった剣術だ。
ダグラスさんと比較すれば誰しもがパワー不足だとは思ったが、そこは敢えてツッコまなかった。
「そこに出来る一瞬の隙、その機会さえ逃さなければ大抵は勝てる筈だ!」
彼のセリフを思い起こしながら、僕は鍛練で繰り返してきた動きを忠実に再現する。
だが、相手も伊達にAランクに近い男と言われていない。
僕の反撃の剣は空しくも空を切り、再び迫るスタークの剣。
しかし、僕は慌てることなくそれを下方からかち上げた。
再び距離を取って仕切り直し。
またしても先に動いたのはスタークだ。
素早い踏み込みから僕の胴目掛けて突きが繰り出される。
僕はそれを躱しつつ、無詠唱で魔法を展開する。
ボンッ! という音と共に起こった小爆発。
威力の無いほぼ音だけの魔法だが、スタークを一瞬怯ませることに成功する。
そして次の瞬間、僕の剣が彼を捕えた。
素早く飛び退いた彼の左腕からツーッと血が滴り落ちる。
只でさえこちらは不利な条件なので、操られてはいるようだが多少の怪我は後で直せるから勘弁してほしい。
そんなことを考えながら彼と対峙していると、スタークの剣が薄っすらと光を帯び始めたことに気が付いた。
また例の飛び道具か!?
僕はいつでも飛んで躱せる体制を取る。
だが、彼のその後の動きが以前のそれとは違うようだ。
スタークは大きな弧を描く様に手前で剣を回転させる。
それは大きな青白い円となり、その残像に隠れるように彼が僕の視界から外れる。
「シッ!」
円の向こうから聞こえた声と同時に3本の剣の切っ先がそこから飛び出して来た。
そしてそれぞれが僕目掛けて襲い掛かる。
「くっ!」
全ては避けきれず僕の肩から鮮血が噴き出した。
スタークの攻撃はなおも止まらない。
「はぁっ!」
戸惑う僕に対し、畳み掛けるように連続攻撃が繰り出される。
致命傷は受けてはいないものの、浅い切り傷が増えていく。
だが焦りは禁物。
そう自分に言い聞かせ、僕はスタークの攻撃を躱し続ける。
そして気づいたことが一つ。
やってみる価値はある。
僕は彼の突きに剣を合わせる。
しかし、手応えは無く空振り。
彼の攻撃が僕の肩口を抉る。
強烈な痛みに襲われるが、回復している暇はない。
それに、今の行動で得られたものは大きい。
ここで一気に勝負をつける!
自分の考えに確信を得た僕は、大胆に踏み込んで、繰り出される突きの内の1本を弾き返した。
当たるかと思えた残りの2本の突きが僕の身体をすり抜けるようにして掻き消える。
やはり、残り2本は幻。
そして、予想通り本物の突きは正確に僕の急所を狙ってきていたものだった。
賭けに勝った僕は、視界に捕えたスタークに向かって剣を振るった。
その場に倒れこむスターク。
無防備だった状態で受けた一撃は、彼を無力化させるには十分であった。
その手には2本の剣が握られている。
彼の剣術の本質は二刀流にあったようだ。
「何とか、こっちは終わったな……」
だが、まだ全てが終わった訳では無い。
僕は改めてミウたちの方に視線を送った。
※
「させないです〜」
「ええい、小賢しい小僧ね!」
ヒミコは目の前に立ちはだかるポンポを睨みつける。
後衛を狙った彼女の物理的な攻撃は全てポンポに防がれ、弾かれていた。
しかも彼女が得意とする魅了も彼には効かない。
ヒミコの中に焦りが募っていく。
「くっ! せっかくここまで来ましたのに。諦めてなるものですか!」
ヒミコが左手を高く掲げる。
すると、彼女の前方にドス黒い空間が広がりを見せる。
そして、その中から現れたのは大きなバトルアックスを携えた異形の存在。
紫色のオーラがその筋骨隆々の体躯を覆っていて、見るからに禍々しい雰囲気だ。
「グモモモモー!」
牛頭の魔物はミウたちを見て奇声を上げる。
その様子は、まるで打つべき敵を認識して歓喜に打ち震えているようだった。
「さあ、忠実なる僕よ! 目の前の敵を蹴散らしなさい!」
「グモーッ!」
ヒミコの命令を受け、闘牛のように突進する牛頭の魔物。
ポンポはそれを真正面から受けて立った。
そして、お互いが激突する。
勝敗を分けたのはやはり体重差。
いかに固いとは言ってもポンポは軽量級。
その衝撃をまともに受け止めることは不可能であった。
「しまったです〜!」
背後に飛ばされながら、気の抜けたような口調で後悔を口にするポンポ。
そして、それはパーティーにおけるガードの役割の消失を意味していた。
「よくやったわ! これで――」
「……甘い」
ミサキが静かに一言呟く。
彼女自身、唯ぼんやりと後ろで守られていただけの筈がない。
詠唱時間は十分。
既に彼女の周りには大量の炎が浮かんでいた。
勿論、それが向かう先は異形の魔物である。
「グモモモーーーーーー!!!」
山を越えても尚衰えないくらいの大音量で魔物の悲鳴が木霊する。
たが、炎の中でもがき苦しんではいるが、まだ止めまでには至っていない。
「ミウの出番だね♪」
そんなセリフと共に淡い光がもがき苦しむ魔物を包む。
ミサキが使えない聖魔法。
ミウの唱えたそれが、魔物を覆う紫のオーラを侵食していく。
「グモーーー!!」
どうやらそのオーラは防御の役割も担っていたようだ。
そしてとうとう炎から身を守る術を失った魔物。
無防備な獲物を目の前にして周囲の炎が歓喜に打ち震える。
「くっ! でも、これで貰ったわ!」
今がチャンスとばかりにヒミコは飛び道具を飛ばす。
ポンポはまだ後方で立ち上がったばかりで防御には間に合わない。
「させないの!」
今まで静観していたアリアが大弓で一気に3本の矢を飛ばす。
それらの矢は正三角形状に広がりを見せ、その間をヒミコの爪が通り過ぎようとしたその時、それぞれが纏っている雷が干渉し合い一種のバリアのようなものが展開される。
そして、ヒミコの攻撃は役割を果たすことなく地面に落下した。
「ば、馬鹿な!」
驚愕の表情を浮かべるヒミコに迫る影が一つ。
名誉挽回とばかりに張り切っているポンポだ。
「くらえです〜!」
ポンポは助走をつけた勢いそのままに体当たりを敢行。
ヒミコはそのまま後ろに倒れ込み尻餅をつく。
再び起き上がろうとした彼女だが、時すでに遅し。
その喉元にはピンク色のスタッフが突きつけられていた。
「……終わり」
抵抗は許さないという雰囲気を醸し出し、ミサキが淡々と告げるのであった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m




