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第146話 登録したよ!

 ぽかぽかとしたやわらかい日差しがイデアロードに降り注ぐ。

 昼前と言う時間帯もあり、大通りには若いカップル、はたまた子連れの親子などが多く見受けられていた。

 通りでは住人向けの店が引き続き開店しており、それがさらに住民の利便性を上げ、街の評判を上げていく。

 イデアロードは今も尚、順調に発展を続けていた。


 そして今日も若者が1人、イデアロードの地に足を踏み入れた。

 高価そうな鎧を身に纏った彼は、イデアロードの街並みをまるで何年越しかに再び故郷に帰りついた男のようにただじっと、それでいてやたらと熱い眼差しで眺めていた。

 そして彼は、目の前に誰もいないにもかかわらず、おもむろに口を開いた。

 

「ああ、ミサキ姫。照れ隠しに虎蔵などと偽名を使うとは何と奥ゆかしい。貴方の未来の伴侶、スタークが今すぐ迎えに行きますぞ!」


 そう、彼こそは知る人ぞ知る新進気鋭の冒険者、スターク・ハイドンである。

 この地にいるミサキの噂を聞きつけ、遠路はるばるイデアロードまでやって来たようだ。


「ママ〜、あれな〜に?」


「こら! 見ちゃいけません!」


 人通りの多い中、臆面もなく大声で独り言を呟いてのける彼を、人々は皆目線を合わさずに避けて通る。

 だが、当の本人は全くそれに気付いていない。

 彼の意識はピンク色の羽によって既に現実の世界から飛び立っており、目の前にはミサキとのバラ色の人生、輝ける未来しか映っていなかった。


「ミサキ姫が婚約しているなどという馬鹿な噂があるが、私は信じないぞ! いや、仮に本当だとしても相手はこの街の領主であり権力者、姫はきっと脅されているに違いない! そして私の助けを待っている。……ああ、待っていて下さいミサキ姫。貴方の騎士(ナイト)が今参ります!」


 ミュージカルのステージよろしく、大通りの真ん中で身振り手振りを交えながら自身に酔っているスターク。

 その大袈裟とも言える表現は舞台上なら映えるのだろうが、路上でやったらただの変○者である。

 自ずと彼の周りには広いスペースが出来上がり、時間の経過と共に更なる広がりを見せていく。

 

 時は過ぎ、一通り心の丈を解放して満足したのか、彼はゆっくりと歩き出す。

 目指す先はイデアロード領主の館、ではなく冒険者ギルド。

 いきなり領主の館に行っても門前払いを喰らうことはさすがの彼でもわかっているようだ。

 捕らわれの姫を助け出す勇者の如く、スタークは第一歩を踏み出したのであった。




 ※





「こんにちは」


「あら、カナタくん。珍しいじゃない。お姉さんは寂しかったぞ」


 久々にギルドに寄ると、マリアンさんがいつもの軽口で僕を迎えてくれた。


「ええ、お久しぶりです」


 流石の僕も毎回となると慣れたもので、それを軽く聞き流して会釈をする。


「ふ〜ん。ま、いいわ。それで、お忙しい領主様が今日はどうしたのかしら?」


 流されたことが不満なのか、マリアンさんの言葉に少々険が籠るが、僕は構わず本題に入る。


「はい、今日はこの子の冒険者登録の付添です」


「よろしくね! ミウだよ!」


 僕から紹介を受けたミウが元気よくマリアンさんに挨拶する。

 その元気にあてられ、マリアンさんも自然に笑顔で応対した。


「こんにちは、元気なお嬢さんね。でも、冒険者登録って……」


「大丈夫です。身分と実力の方は僕が保証します」


 やはりマリアンさんにはミウの見た目の幼さが引っかかったようだ。

 それについては僕がすかさずフォローする。


「なら良いんだけど……。そう、ミウちゃんっていうの。カナタくんが何時も連れているペットと同じ名前なのね」


「むぅ、ペットじゃないよ!」


 ミウは小さい頬を膨らませて抗議する。


「あら、ごめんなさい。失礼なことを言ってしまったかしら」


 それを見たマリアンさんは素直にミウに頭を下げた。

 見た目が小さな子に対してもしっかりとした対応、彼女が一流の受付嬢たる所以だろう。


「ううん、わかってくれればいいよ」


 それによりミウの顔に再び笑顔が戻る。

 実際には少し話がかみ合っていないのだが、僕はそれについて敢えて(つつ)こうとは思わない。


「じゃあ、この水晶玉に手を置いてちょうだい」


「わかったよ!」


 僕はミウの腰を抱えて丁度良い高さまでミウを持ち上げる。

 ミウがカウンターに置かれた登録の水晶に手を置くと、例によってそれが発光した。

 何度見ても僕にはその仕組みがわからない。


「――はい、終了よ。明日にはカードが出来てる筈だから取りに来てちょうだい」


「うん! ありがとう!」


 さて、これにて本日の用事は終了。

 僕とミウは連れ立って屋敷に帰ることにする。

 いや、折角だし少し街をぶらついてみるのもいいね。


「ん!?」


 今すれ違った人、どこかで見たような……。

 ……気のせいだね、きっと。


 そして僕は、ご機嫌なミウと買い食いをしながらゆっくりと帰路に着くのであった。





 その後は何かと忙しく、僕たちが再びギルドを訪れたのはあれから3日後のことであった。

 ミウの冒険者カード発行記念日ということで、本日はパーティーメンバー全員がこの場に来ている。

 もちろん、そのまま皆で依頼を受けるつもりである。


「はい、ミウちゃん。頑張ってね」


「うん、ありがとう!」


 マリアンさんからカードを受け取ると、ミウはそれを宝物でも扱うかのように大事に懐に仕舞った。

 きっと皆と同じくカードを発行できたことが嬉しいのだろう。


「やったです〜」


 ポンポがその場で小躍りしている。

 ポンポのカードを作ったのも最近の事だから、きっとその喜びがわかるのだろう。


「よかったの、ミウちゃん」


「うん、ありがとう、みんな! さあ、カナタ! 早く掲示板を見に行くよ!」


 登録後の初依頼にミウは気合十分だ。

 僕の手を引き、早速とばかりに掲示板に向かう。


「あっ! ちょっと待って、カナタくん!」


 掲示板への一歩を踏み出そうとしたその時、マリアンさんが慌てて僕を制止した。

 立ち止まった僕に対して振り返るミウへ『ちょっと待って』と目で合図を送り、僕はマリアンさんに問いかける。


「どうしたんですか、マリアンさん」


「うん、実はね。カナタくんには緊急依頼を受けて欲しいのよ」


 真剣な表情のマリアンさん。

 こういった時は大抵厄介なことが起こっているのだが……。

 僕が聞く体制になったのを見て、マリアンさんはその内容を話し始めた。


「最近、ある方面の依頼を受けた冒険者の帰還率がもの凄く悪いの。いえ、ほぼゼロに近いと言っていいわ。しかもその中にはBランクの冒険者もいたんだけど、彼も帰ってこなくて……。そこでカナタくんたちにマスターから緊急依頼、現地に行ってその原因を調査して欲しいの」


 調査か……。

 しかし、Bランクの冒険者が戻ってこないって、結構大変な事なんじゃないだろうか?


「Bランクって言いましたけど、僕のランクはそれよりも下ですよ」


 そう、僕は現在Cランクであり、それよりも上のランクの人が行方不明になっている状況でCランクに緊急依頼ってどうなんだろう?

 そんな僕の疑問に、マリアンさんは事も無げに答えた。


「大丈夫よ。国に認められた勇者様なんだし、はじめから危険があるとわかってかかれば対処できるっていうのがマスターの見解ね。もちろん私も信じてるわよ」


「いや、勇者って……」


 何故そんな情報が……。

 まったく、違うと言っているのに困ったものだ。


 ため息をつく僕に対し、マリアンさんは話を続ける。


「――という訳で、是非にお願いしたいとのマスターの伝言よ。それと、ミウちゃんごめんね。ミウちゃんの依頼はまた今度にしてくれると嬉しいな」


 マリアンさんはやる気十分だったミウを気遣う。

 しかし――、


「ん!? 何で? ミウも行くよ」


 本気でわからないといった風にミウは首を傾げる。


「えっ! だって、危険よ。それに――」


「……問題ない。……ミウなら大丈夫」


 マリアンさんの言葉を遮り、今まで沈黙していたミサキが発言した。


「えっ、ミサキちゃん。うん、そう……、なら良いのかな」


 どうもマリアンさんはミサキに苦手意識があるようで、言葉自体が尻すぼみに小さくなる。


「ミサキの言う通り、ミウなら大丈夫です。僕も保証しますよ」


 ここはすかさず僕もフォローしておくことにした。

 でも、マリアンさんの心配も今さらのような気がするけどね。

 何せアテナの寵児の半数以上が見た目チビッ子だ。

 傍から見れば冒険者ごっこでもしている風に見えなくもない。


「頑張るです〜!」


 そのチビッ子の1人であるポンポが自らに気合を入れている。

 もう皆は依頼を受けるということで納得しているようだ。

 では、改めて詳しい状況を聞くとしますか。






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