第145話 変身!?
そよそよとした風が爽やかな自然の香りを運ぶ。
視界に広がるのは鮮やかな緑。
整地されたかのように短く刈り込まれた芝は、まるで横になれとでも誘っているかのようだ。
しかし、その誘惑に駆られることも無く、ウササ族たちはせっせと芝生の上に木材を運んでいる。
その場所に建設されているのは高床式の住居であり、それらは既に何軒かは完成している様子。
ウササ族の伝統文化の一つであるそれらは、まるでここにあるのが自然であるかのように周囲の景観と同化していた。
「運ぶです〜♪」
「建てるです〜♪」
「仕上げるです〜♪」
あちらこちらでは、ぽんぽこ族がお尻と尻尾をふりふりと揺らしながらウササ族の仕事をフォローしていた。
オークや魚人たちが何人もイデアロードに駆り出されている今となっては彼らがイデアで一番の人口を誇っている。
その為、今回は久々のイデア内での大々的な仕事ということで種族総出で駆り出されていた。
彼らの特徴でもある軽快なリズムに乗って行う作業は、女神様でなくても釣られて一緒に踊ってしまいそうである。
さて、現在のウササ族だが、長老を含めた年老いたウササ族たちは全員隠居し、中心は若い世代へと移っていた。
長老曰く「儂たちの役割は終わった。これからの未来は若い者が作れば良い」とのこと。
新たなるリーダーにはその息子のタンジが選ばれている。
昨日行われたイデアでの種族同士の会合では少々緊張気味だったが、慣れてくればしっかりとその役割を果たしてくれると思う。
おっと、噂をすれば――。
「カナタ殿!」
遠巻きに眺める僕らに気がついたタンジがこちらに駆け寄ってくる。
「どうですか? 中々素晴らしい出来でしょう! いやぁ、こんな素晴らしい土地を預けてくれたカナタ殿に感謝です。それと、手伝って頂いているぽんぽこ族の方々にも頭が上がりません」
嬉しそうに話すタンジ。
頭の上のウサミミもそれに呼応するかのようにピコピコと動いている。
「確かに素晴らしい出来ですね。この建物には何か趣があります」
以前森で見た住居は出来合いの簡素なものが殆ど。
それに比べ、今回の住居は外見から見てもしっかりと作ってあるのがわかる。
「ありがとうございます。それと、私に敬語は不要ですから」
「じゃあ、僕にもいらないよ。年もそっちの方が上なんだしね」
「いや、でもそれは……」
「いいからいいから」
「わかりました、いえ、わかったよ。これで良いかい」
「ああ、問題ない。これからもよろしく」
僕はタンジと握手を交わす。
うん、自然体だ。
彼の敬語はどこかぎこちなさがあったからね。
僕は改めて目の前の広大な景色を眺める。
これで漸くイデアの土地が全方位にまんべんなく広がったかと思うと何となく達成感が湧き上がってくる。
別荘を中心として、東は『ぽんぽこ族』の山、西は『魚人』の水辺、南は出来たばかりの『ウササ族』の草原、そして北は『オーク』の森とさらに奥にある『妖精』の花畑。
その土地土地ではまだまだ活用していないスペースが有り余っているので、今度は何を作ろうか悩むところだ。
なるべくなら皆が喜ぶ物が良いよね。
ウササ族に続き、ぽんぽこ族とも一通り挨拶を終えた僕は別荘へと戻る。
すると、リビングではお約束の神物が待ち構えていた。
「ふぁふぁはふん、おひゃまひへふへひゅ」
「女神様、口に物を入れたまま喋らないで下さい」
ネコミミフードつきの黄色いパーカーを着た女神様がケーキを口一杯に頬張りながら僕に挨拶を交わす。
女神様の横ではスラ坊が甲斐甲斐しく紅茶を入れるなどしていた。
その様子はさしずめ幼いお嬢様と執事のようだ。
リビングでは他の皆も思い思いに寛いでいる。
ミサキは静かにソファーで紅茶を飲み、ミウたちはカーペットの上にカードを広げて遊んでいた。
「んんっ! 待たせたでちゅ」
そうこう考えているうちに、女神様が最後の一口を飲み込み、改めて僕に話しかけてきた。
「いえ、全くかまいませんよ」
「流石でちゅ。広い心って大事でちゅよね」
僕の回答に満足の笑みを浮かべた女神様は、ガサゴゾと上着のポケットを探って何かを取り出して僕の目の前に差し出す。
「これは……?」
「例のご褒美でちゅ」
どうやらイデア拡張のご褒美らしい。
色々あってすっかり忘れていた。
僕はそれを手に取り、高く掲げて透かして見る。
青い半透明のクリスタルのようなそれは、照明の光を乱反射してキラキラと輝いている。
「それはミウちゃんがつける物でちゅよ」
「えっ!? ミウが何?」
自分の名前を呼ばれたミウが遊びの手を止めてこちらを振り向く。
「ミウちゃん、こっちに来るでちゅ」
女神様はミウに手招きをして呼ぶ。
そしてクリスタルの先端部分の小さな穴に紐のようなもの通すと、それを近寄ってきたミウの首に下げた。
すると、ペンダントから淡い光が漏れだして――
「あれ!? これって!?」
「驚いたでちゅか?」
ミウに代わってその場に現れたのは見慣れぬ美少女。
背丈はアリアと同じか少し低い位、肩までかかった白い髪にくりっとした目が印象的だ。
「ミウ?」
僕は疑問形でその少女に声をかける。
「うん、ミウだよ! びっくりした〜」
少女も驚きの表情で自らの手足を見回している。
ふと女神様に目をやると、悪戯が成功したかのような笑みを浮かべていた。
「上手くいったでちゅね。それをつけている間は人と何ら変わらない筈でちゅよ」
「あれ!? でもペンダントが無いよ?」
ミウが疑問の声を発する。
確かに胸元にある筈のペンダントが見当たらない。
「念じれば出てくるでちゅよ。無くすと大変でちゅから、サービスでちゅ」
「あっ、ホントだ!」
ミウが女神様に言われた通りに念じてみると、どこからともなくペンダントが胸元に出現、取り外すと見る見るうちに元の姿へと戻った。
「気に入ってくれたでちゅか?」
「うん! ありがとう、女神様!」
ミウが嬉しそうにお礼を言う。
そして再びペンダントを首から掛ける。
すると、僕の目の前に再び先程の少女が現れた。
「ミウちゃん、可愛いの」
「えへへ……、ありがとう、アリア」
仲良しの2人が手を取り合って喜ぶ中、ミサキだけが何処か複雑な表情をしている。
それを見たミウが、
「ミサキ、大丈夫だよ。順番は勝負だけどね」
「……例えミウでも負けない」
そしてお互いに歩み寄り、ガッチリと握手を交わす。
何なんだ、一体……。
「これはミウさんの服もいろいろ用意しなければなりませんね」
そう呟いたのはスラ坊だ。
ただ、誤解の無いように言っておくと、現在のミウは当然しっかりと服を着ている。
もふもふが変化したものなのかは定かではないが、女神様のアイテムということでそれは考えても無駄、きっとご都合主義なのだろう。
「ちょっと皆に見せに行ってくる!」
ミウは高らかに宣言すると、そのままベランダから別荘の庭に飛び降りる。
そこでは、タロジロがぽかぽかした日差しを浴びながら寄り添って昼寝をしていた。
突然飛び込んできた存在にタロジロが目を覚ます。
「ガル?」 「グル?」
タロジロは少女と化したミウを視界に認め、「誰?」とでも言いたげに首を傾げる。
ミウはタロジロを試すかのように何も言葉を発していない。
彼らは恐る恐るといった風にミウに近づき、スンスンと鼻を鳴らす。
そして次の瞬間、勢いよくミウに飛びかかった。
「ガル! ガル!」
「グル! グル!」
頭を擦り付けるようにしてミウに甘えるタロジロ。
どうやら彼らにも誰だかわかったみたいだ。
そして一通りのじゃれ合いの後、タロがミウに背を向けペタンとしゃがみ込んだ。
「ガルッ!」
その態度からどうやらミウに乗れと言っているようだ。
ミウはその背中に颯爽と跨り、
「タロ! ジロ! 先ずはオークの森だよ!」
「ガル!」 「グル!」
そのままもの凄いスピードで駆けて行った。
変身してさらに活動的になったミウ。
ふと感じた頭の上の軽さに少々寂しくなったのは内緒だ。
いつもお読み頂きありがとうございます。
ミウの変身の件ですが、今までのままだと単独で活躍できる場が少ない、もっと活躍させたい、との思いから今回の人化を決意しました。
新生ミウをこれまでと同様、よろしくお願いいたします。




