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閑話 とある従業員の勤務日記

今回は趣向を変えて第三者視点で書いてみました。

 私の名前はハンナ。

 花も恥じらう18歳の女の子よ。


 最近私は、とある飲食店で店員として働きだしたの。

 そこは街で一番の美味しさと評判の店。

 初めて出た求人募集に私は一も二も無く飛びついたわ。

 何でも、今までは知り合いの手伝いのみで店をオープンさせていたとのこと。

 数十倍近い競争率を乗り越えて勝ち取ったこの地位、私にも運が向いてきたわ。



 店は毎日盛況、お昼や夕食時には長蛇の列が出来る。

 猫の手でも借りたいという状況はこう言うことなんだ、と嫌と言うほど実感させられた。

 その分給料は良いんだけどね。

 店長さんは「後何日かしたら、手伝いが来てくれますから」と言っているが、果たしてそれが何時なのかは定かでは無い。

 願わくば1日でも早く来てほしいと思う。


 それ程までに混雑した店なんだけど、出す料理は全て店長さんだけ(・・)で作っているんだから驚きよね。

 いえ、だけ(・・)と言うのは少し語弊があるかもしれない。

 実は、この店に店長さんは2人いるの。


 少年のような容姿(実際は私より年上だと思う)の店長さんたちは双子ということらしく全く同じ見た目。

 更には姿だけでなく口調とかも全く同じで、私にはとてもじゃないけど見分けがつかない。

 失礼を承知でそのことを本人に相談してみたところ、「どちらも店長と呼んでくれれば良いですよ。間違いではありませんから」という答えが返ってきた。

 私としては楽なんだけど、今一つしっくりこなかった。

 きっといつか見分けて見せるんだから。


 そうこうしているうちにお昼に差し掛かり、お客様が店内に雪崩れ込んでくる。

 ピークに合わせた店長さんたちの調理速度は早い。

 まるで心が読めているかのようにお互いが会話無しに連携、瞬く間に料理を完成させる。

 油断をしているとキッチン前のカウンターに料理が溢れかえるので、私を含めたフロア担当は皆必至だ。

 今も既にカウンターは料理で一杯、早速それらを運び出そうと私が手を伸ばしかけたところ、


「おや、置けませんね」


「えっ!?」


 私は思わず声を上げた。 

 嘘!? 見間違いよね!?

 今、店長さんの腕が伸びたように見えたんだけど……。


 その私の認識を証明するかのように、今まで無かった出来立ての料理が湯気を立てながら手前下段のカウンターに置かれていた。

 あの場所にキッチンの中から料理を置くのは普通は無理。 

 私は思わず自分の眼を擦る。

 でも、その光景は変わらなかった。


 そうこうしているうちにも、他の従業員が慌ただしく料理を運んでいく。

 私だけぼーっと突っ立っている訳にはいかない。


 ――そうね、きっと誰かが移動させたんだわ。

 私はきっと今忙しくて混乱してるの。

 私は一度大きく深呼吸をしてから、そう自分に言い聞かせた。

 こういう時こそミスしないように落ち着かなくちゃ。




 お昼のピークも終わり、店内のお客様も漸く疎らになる。

 従業員同士が交代で休憩を回し出した頃、店長さんが山盛りのお菓子を持ってキッチンから出て来た。


(……ひょっとして私たちへの差し入れかな?)


 そんな私の期待を裏切り、店長さんはフロアの一番奥のテーブルへと移動していく。

 そこでも私は再び自分の目を疑った。

 何故なら、赤、青、黄などの淡い光がふよふよと浮かびながら店長さんについて行っているのが見えたから。

 しかもその光はどんどん増殖してる。

 蛍!? いえ、あんなカラフルな蛍はありえない。

 あれは一体……?


 そして、店長さんがお皿をテーブルに置いた途端、その光は勢いよくその皿に群がりだした。

 私が驚きの視線で見守る中、皿の上のお菓子が鼠にでもかじられたかのように見る見るうちに減っていく。


 ――そして数分後、綺麗に空になった皿だけがその場に残った。

 店長はそれを笑顔で片付けると、そのまま再びキッチンへ。

 私は我慢できずに店長を呼び止めた。 


「あの……、店長。さっきの光って……」


「おや、微かとはいえ見えたのですか? きっと、ハンナさんは隠れた才能があるのかもしれませんね」


 店長は足を止め、私に笑顔でそう答えた。

 何の事だかよくわからないが、褒められているようだ。


「いえ、私が聞きたいのはさっきの……」


「おっと、お客様です。ご案内をお願いしますね」


 タイミング悪く新たなお客様が入ってきてしまい、私はその対応に追われる。

 結局聞きそびれてしまった。

 でも……、まさかあれって私の苦手な幽霊とかじゃないわよね。

 後でそれだけはしっかり確かめなくちゃ。



 暫くして、店にある人物が来店した。

 それはこの街の領主様ご一行。

 何でも彼はこの店のオーナーらしい。

 初めて本人を見たんだけど、予想していたのよりはるかに若い。

 領主=中年男性をイメージしていた私の予想は見事に裏切られた。

 でも、ちょっと好みのタイプかも。

 もしかしたらここで声をかけられて玉の輿、なんて話もあるかもしれないわね。


 そんなことを思いながらチラチラと領主様を眺めていると、それをガードするかのように隣にいた女の子が領主様の前に進み出たの。

 そして、その変った帽子を被ったその少女は、私を威嚇するかのように睨んでくる。


 ふふん、それ位何てこと……、あれ!? え!? どうしたの!?

 何をされている訳でもないのに私の膝が笑い出す。

 私はたまらず目線を逸らし、その場から逃げ出すように奥へと引っ込んだ。


 壁に寄り掛かって身体を支えながら、私は先程起こったことについて考える。

 ――見た目とは違って凄腕のボディーガードか何かなんだわ、きっと……。

 私は彼女の正体をそう結論付けた。

 フロアでは領主様と店長が何やら会話をしていた。

 私もいつか、絶対に紹介してもらうんだから。



 夜になると、この店は食事だけでなく飲みに来る人も増えてくる。

 仕事終わりに美味しいつまみと共に一杯。

 きっとそう考える街の人が多いのだろう。


「おう、姉ちゃん! こっちに来て酌でもしろや」


「そうだぜ! 何ならこの後も一緒に過ごそうや。悪いようにはしないぜ」


 その中にはガラの悪いお客様も当然いる訳で……。

 たまたまそのテーブルに当たってしまった私は、料理を運んできたその手をがっしりと掴まれる。

 振り払いたいけど相手は冒険者。

 一般人の女の子である私が力で叶う筈も無い。


「やめねえか!」


 その時、店内に怒声が響き渡る。

 現れたのは目の前の冒険者よりも2回りは大きい体格をもった人物。

 確か、警備隊の隊長をしていた人よね。

 

「何だよ、お前は! 折角気持ちよく飲んでいるってのに、興ざめするような事を言うんじゃねえ!」


 言葉が終わるより先に彼の拳が隊長さんを襲う。

 でも、隊長さんはそれを涼しい顔で受け流した。


「ふん、それはこっちのセリフだ。まったく、これから気分良く飲もうって時に――」


 お返しとばかりに隊長さんの拳が冒険者の顔面を捉えた。

 馬に蹴られたかのように吹き飛ぶ冒険者。


「てめえ!」


 それを見たもう1人も隊長さんに襲い掛かる。

 でも、その実力差は素人の私が見てもわかった。

 隊長さんはその攻撃を軽くあしらうと、そのまま相手を持ち上げて店の外に放り出した。


「ぐはっ!」


「おら! 忘れ物だ」


 その彼に向かって気絶している冒険者を放り投げる。

 ギャラリーと化していた他のお客様からは拍手喝采。


 私も隊長さんに駆け寄りお礼を告げる。

 隊長さんはどこか照れ臭そうだ。

 彼は話を逸らすかのようにキッチンから出て来た店長さんに告げる。


「悪いな。テーブルを1つ壊しちまった」


「別にかまいませんよ。物であれば作りなおせばいいんですから。逆に何か一品サービスしますよ」


「おっ! ありがてえ」


 心底嬉しそうな顔をしてテーブルに座る隊長さん。

 こうして、店の中は再び平常運転に戻った。


 ――でも、彼は何処から現れたのかしら。

 確か店の裏から出て来たわよね。

 あそこはただの空き部屋の筈だけど……。

 私の疑問は尽きない。



 そして次の日、店長さんが3人になっていた。

 それに関して、左程驚いていない自分に一番驚いている。


 優しい店長さんや周りの人達、そして美味しい賄い(これが重要)。

 それだけで私は十分満足。

 さて、今日も頑張って働きましょう!




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