第143話 青空
雷帝編がようやく完結。
作者としては珍しく、十一話も使った長編となってしまいました。
何となくほのぼの成分に飢えてきた今日この頃です^^
横たわる少年に駆け寄り、上半身を抱え起こす。
うん、大丈夫、息はある。
それどころか穏やかな寝息と血色の良い顔は、まるで芝生の上で昼寝をしているかのようだ。
念の為、一度治癒魔法をかけてから彼を再び横に寝かす。
そして少年の事はミサキとミウに任せ、僕は騒乱の後始末へと動き出すことにした。
幸いなことに、今いる場所からは拠点のほぼ全域を見渡す事が出来た。
眼下では土竜族が既に戦いの手を止めている。
それは戦う理由を失ったからなのか、はたまた戦いの中で真の友情でも芽生えたからなのかは定かではないが、止める手間が省けたのは良い事だ。
そんな時、僕の視界の片隅に映ったとある一団。
こそこそと周りを気にしながら拠点の出口を目指しているそれはいかにもな怪しさだ。
僕は大きく跳躍をして地面に着地、そのまま風を切るようにして彼らを追いかけた。
「ゴドー様、追手が来ます!」
最後尾で殿を務めている土竜族が、迫る僕に気付いて警告している。
やはり彼らはゴドーとその取り巻きで間違いないようだ。
「お、お前ら、足止めしろ! 見たところ敵は1人だ! 何としても私を逃がせ!」
聞こえてきたセリフは偉そうだが、内容自体は情けない。
しかし、取り巻きたちの忠誠心は予想に反して大したもので、彼の命令通り何人かがその場に留まり、鉤爪を伸ばして僕に襲い掛かってきた。
「ふっ!」
僕はそれを余裕をもって躱すと、ピンポイントで鉤爪のみを斬り飛ばす。
彼らの動作は緩慢であり、この一瞬のやり取りでも以前戦った土竜族に比べて練度が足りないように思えた。
自分の手を見つめて呆然とする彼らを尻目に、僕は再びゴドーを追う。
ゴドーたちにはすぐに追いついた。
いや、それどころか、彼らの目の前に立ち塞がる戦士の迫力に押されてジリジリと後退さえしている。
巨漢の戦士カバルは、立ち昇るオーラを隠そうともせず、瞬く間に数人を蹴散らしゴドーに迫る。
「ま、待て、カバル! まさか私が言ったことを信じたのか? あれは嘘に決まっているだろう! それにお前の命も雷帝様にお願いして助けてもらうように精一杯懇願したんだ。この兄の気持ち、お前ならわかってくれるよな?」
必死に命乞いをするゴドーにカバルは淡々と答える。
「ええ、わかっていますとも。伊達に生まれた時から一緒にいた訳ではありません。兄上の性格は知り尽くしております。いや、そう思い込んでいました。それがまさか父にまで……。兄上は私の想像を優に超えてくれますな」
そう言うと、持っていた剣をゴドーの目の前で一振りする。
「ひぃっ! ち、違う! 違うんだ!」
「見苦しいですぞ、兄上。最後くらいは兄として威厳のあるところを見せてください」
「嫌だ! 嫌だ!」
ゴドーが駄々っ子のように叫ぶ。
だが、その必死の懇願が通じたのか、カバルは無言で剣を引いた。
そして僕の方に振り向き、口を開こうとしたその時――、
「馬鹿め! やはりお前は親父と同類だ!」
カバルの背後でゴドーは鉤爪を振り上げる。
その時見たカバルの表情、それが僕にはとても寂しそうに見えた。
「わかっていても信じたかったのですが……、残念です」
身を翻してゴドーの攻撃を躱し、大きな腕を突き出す。
鋭い鉤爪はゴドーの顔の前およそ数センチでピタリと制止した。
「ひ、ひぃ〜!」
ゴドーは腰を抜かしたかのようにぺたんと尻餅をつく。
地面の上にはジワジワと水たまりが広がる。
カバルは近づく僕を手で制し、ゴドーに告げる。
「兄上。ただ一人の肉親のよしみで今回は見逃そう。だが、次に出会ったときは無き父の恨みを容赦なく晴らさせてもらう。それが嫌ならどこか私の目の届かない遠くへと立ち去るが良い」
ゴドーは声も無くコクコクと頷き、這うようにその場から逃げ出した。
何人かの土竜族がそれに付き従ったが、それはごく少数に過ぎなかった。
「良いのかい?」
僕はカバルに問いかける。
「問題ない。あんな男でも我が兄であることには違いない。それに、恨みや復讐からは何も生まれん」
カバルがそれで良いのなら僕にはこれ以上言う事は無い。
父の恨みとも言っていたので何か複雑な事情もあるようだが、本人の気持ちの整理がついているようなので他人が口出しすることでもないだろう。
土竜族たちがカバルの元に集まってくる。
やはり彼らのまとめ役はカバルが一番適任だ。
ふと見ると、ポンポが遠くの方で手を振っているのが見えた。
どうやらあちらもうまく纏まったらしい。
これで漸く一件落着、かな。
その後のことを話そう。
先ずは少年について――。
彼はサヤとこの世界に来訪して以降の記憶が定かではないようだった。
何やら黒い靄に包まれたその後は、何かぼんやりと夢を見させられているみたいだったと話している。
その時に初めて彼と真面な会話をしてみたが、引っ込み思案で気の弱そうな少年という印象そのままに、どこかおどおどしているのが印象的だった。
ただ、サヤは「私のお兄ちゃんが戻って来た!」と喜んでいたから、きっとこれが本来の彼なのだろう。
ウササ族と土竜族の諍いは、お互いの代表が僕らの立会いの下で話し合い、「相互不可侵と友好を」ということで落ち着いた。
今まで被害に遭っていたウササ族であったが、それについては元凶がすでに居ないという事もあり、彼らは広い心で土竜族を許したのであった。
ハイネ長老の英断に感謝したい。
さらに、ウササ族についてはイデアへの移住も決まった。
新しい住人により土地も広がり、これからイデアは更なる発展を遂げるだろう。
土竜族についても誘いはしたのだが、カバルがそれを良しとしなかった。
恐らくは自らの部族が起こしたことへの責任を感じているのかもしれない。
その代わり、物販の流通や今後の交流については行うことで意見は一致している。
枯れた土地と思われていたこの場所ではあるが、実は貴重な鉱物が沢山取れるらしい。
もっとも、土竜族はその価値を知らなかったのだが……。
それを発見したのはアリアだ。
土竜族にとっては潜るときに邪魔な石ころと同類であったそれは、アリア曰くアクセサリーや武器・防具に着けるとちょっとした魔力効果を発生するものがあるらしい。
また、魔力効果がない物も宝石として希少性が高く、高値で取引されているとのこと。
流石アリア、伊達に露店で商売していた訳では無い。
この新たなる特産品の発見により、土竜族の拠点はイデアから食料、更にはインフラ整備も提供されることとなった。
今後も良い関係でいたいものである。
そして――。
「サヤ、本当にそれで良いの?」
「はい、私はここで暮らします」
カバルの隣でにこやかに微笑むサヤ。
その後ろには何処か頼りなげなケンタ(サヤの兄の名前だ)もいる。
今の彼には嘗ての雷帝の面影は無い。
「良いよね、お兄ちゃん!」
「……うん、サヤが良いなら――」
「おい、私の意見は聞かんのか?」
カバルはサヤに問いかける。
「聞かなくてもわかっていることは聞かない主義なの」
サヤは向日葵のような笑顔で微笑んだ。
太陽からの眩しい光が土竜族の拠点を照らす。
リアカーでせっせと鉱物を運ぶ者、建物を新しく建てる者、皆が皆忙しなく動いているが、誰もが笑顔なのが印象的だ。
以前サヤが閉じ込められていた土竜族の拠点はもう無い。
あるのは新しい街、サヤの新しく住まう場所である。
「さあ、私たちの家も新しくしましょう! 私は小物を用意するわ。カバルとお兄ちゃんは大物をお願いね」
「え〜。僕には重い物は無理だって……」
颯爽と歩みを進めるサヤの後にカバルとケンタが続く。
その上空では、抜けるような青空が広がっていた。
――さて、僕らも女神様に最終報告を入れるとしますか。




