第142話 元凶!?
続きが書き上がったので、中途半端な時間ですが更新します^^
「敵襲! 敵襲だ!」
遠くの方で叫び声が上がる。
アリア、ポンポ、そして勇敢にも武器を持って立ち上がったウササ族の若者たち。
皆が相手戦力の分断を狙いとして、牽制の役割を持って拠点を外から責め立てている筈だ。
中央に増援が来ないところを見ると、今のところその目論見は成功している様子。
それならば、僕は僕でやるべきことをやらなくてはね。
「な、何をしている! 侵入者を早く始末するんだ!」
ゴドーとかいう土竜族がヒステリックに叫んでいる。
だが、僕の隣にふわりと降り立ったミサキの詠唱は既に終わっていた。
「……ファイアサークル」
僕たちを円の中心とした炎の壁が自らの解放を喜ぶかのように舞い上がる。
僕はその隙にカバルの拘束を解き、猿轡を外した。
「何故、私を助ける?」
それがカバルの第一声であった。
「いや、女の子の涙には弱くてね」
彼が仲間から拘束されていたのは予想外だったけど、こうして助けられたのだから結果オーライだ。
僕は巾着から剣を取り出し、カバルの前に差し出す。
カバルは疑問の目で僕を見る。
「出来れば手伝って欲しいかな」
僕はカバルに笑顔を向けた。
「後ろから斬りつけるかもしれんぞ」
「もしそうなら僕の見る目が無かったってことで諦めるさ」
彼は恐らくは生粋の武人、そんな事はしないだろうことは確信出来る。
カバルは改めて僕を見据えて一言、
「……一つだけ条件がある。無抵抗の者には手を出さないで欲しい」
「それは元よりそのつもりだよ」
僕のその答えを聞き、彼は剣を受け取る。
そしてもう片方の手からは鉤爪を伸ばした。
もしかして、剣は要らなかったのかな?
「ならば、借りを返そう」
力強く宣言したカバルは弱まりつつある炎の中を突っ切り、一直線に駆け抜けていった。
そして炎が消え、僕の視界に映った光景。
それはまさに混戦と言うに相応しい状況であった。
恐らくはカバルの信奉者たちがこの混乱に乗じて蜂起したのであろう。
でも、眼下で起こっている同族同士の戦いは、僕にとって敵味方の見分けがつかず手が出せないのが困りどころだ。
「カナタ!」
ミウが指差した方向。
そこでは例の少年が、全てを見下ろす位置で椅子から立ち上がり詠唱を唱えていた。
ミウは無詠唱で素早く風の刃を展開。
その群れは五月雨のように途切れなく少年を襲った。
しかし、彼の周りから突如現れた黒い靄により、その攻撃が吸い込まれるように消えていく。
キッ! とこちらを睨む少年の目が赤く光る。
僕は石段を飛び越えて少年の正面に降り立つ。
だが、彼は既に次の詠唱を終え、僕を見て口角を上げた。
「雷光の嵐!」
少年の魔力が大きく膨れ上がり、上空へと吸い込まれていく。
それは黒い塊となって空に浮かび、拠点全体を覆うように広がる。
「俺の力を思い知れ!」
天から降り注ぐのは黒い雷。
黒い槍はこの場所にいる全ての生ける者に無差別に襲い掛かる。
「はははっ! 良いぞ! 全てを焼き焦がせ!」
少年の目は狂気に満ちていた。
地上では、今の今まで戦っていた土竜族が混乱し逃げ惑っている。
だが、その雷が彼らに届く事は無かった。
果敢にもその魔法を一手に引き受け防御する人物。
それはもちろん――、
「……魔法勝負なら負けない」
ミサキが言葉少なにやる気を出していた。
魔力自体をドームのように半円状に広く展開し、雷の侵入を阻む。
しかし、ミサキの顔に微かながら苦しそうな表情が浮かんでいた。
広範囲をカバーする為の必要魔力の多さ、それに加えて少年の攻撃魔法の威力に対抗する為にはそれなりの強度も必要。
いかにミサキとて簡単にはいかないのだろう。
ミサキの限界が近いと感じた僕は、少年の詠唱を中断させるべく彼に接近戦を挑む。
ところが、飛び込んだ僕の目の前に再び黒い靄が現れ、振るった剣に真綿のように纏わりつき少年まで届かない。
「カナタ、離れて!」
後方からミウの叫び声が聞こえる。
気付くと黒い靄が剣尖から這うようにして刀身を伝い、僕自体を包み込もうとしていた。
慌てて飛び退いたところで、後方からの淡い光が僕を包み込む。
そしてミウの発した白い光と黒い靄との衝突。
その勝負は暫くは拮抗していたが、やがて白い光が見る見るうちに黒い空間を侵食、更にはその勢いのまま少年に迫る。
「くおおおおっ!」
肉食獣の咆哮のような叫び声を上げる少年。
ここが畳み掛けるチャンスと判断した僕は更なる追い打ちをかける。
「聖なる領域!」
少年を包み込むように淡い光たちが舞い踊る。
苦しげな表情の少年は喉を掻きむしり、その場に崩れ落ちる。
まさか死んでないよね?
うつ伏せに倒れたその身体がピクリとも動かないことに不安になった僕は、彼にゆっくりと近づいて――、
「ダメ! 危ない!」
咄嗟に止まった僕の顔の前を風が掠める。
目の前の少年はその場に倒れたままだ。
では、何が――。
「惜しいのう。新しい肉体に丁度良いと思ったんじゃが」
目の前に立っている、いや、浮かんでいるのは長い顎鬚を蓄えた老人。
――一体何処から現れた?
僕は剣を構え、油断なくその老人を観察する。
いかにも魔法使いと言った風な杖を片手に持ち、年に似合わぬ吊り上った目の奥には煮えたぎったマグマのような赤い瞳。
しかし、その存在自体は何処か朧げで、ゆらゆらと柳のように風に揺られていた。
ミウがぴょんとこちらに飛び移ってきた。
怒涛の攻撃が止んだ地上では、土竜族たちが戦いの手を止めてこちらに注目している。
「何故だ! 何故、儂の価値がわからん……」
老人が何やら独り言を呟き始める。
「儂こそが天才! 儂こそが帝王! 儂こそが……」
老人は壊れたロボットのように同じようなセリフを繰り返す。
そしてこちらに向き直り、僕に語りかけてきた。
「儂の野望の生贄として、お前たち――」
しかし、そのセリフが言い終わらないうちに、巨大な炎が老人へと襲い掛かる。
さらに続いて、輝く光の奔流がその老人を包む。
「何ぃ! 貴様ら、卑怯――」
だが、浄化の炎と光の勢いは止まらない。
恨み言の言葉も途中に、亡霊のような老人は跡形も無く消滅する。
そして、辺りは何事も無かったかのように静まり返った。
僕はこちらに駆け寄ってきたミサキに視線を送る。
ミサキはただ一言、
「……悪は滅びた」
「やったね、ミサキ!」
当然とばかりに胸を張るミサキ。
白い光で援護したミウも同じく得意顔だ。
まあ、どう見ても悪者だったから別に良いんだけどね。
戦隊モノのような待ちのお約束は現実には無いんだなぁと思い至った僕であった。




