第140話 カバル
お待たせ致しましたm(__)m
「ひひっ、見つけたぜ、妹君様」
サヤの目の前に現れた2つの影。
それはカナタたちでは無く2人の土竜族であった。
種族の中では割と細身のヤブー、それに対し太目のバスター。
彼らはゴドーの取り巻きであり腰巾着、虎の威を借り拠点でも幅を利かせている男たちであった。
相も変わらずの下劣な笑みを見たサヤは思わず顔をしかめる。
だが、男たちは転がり込んできた手柄に有頂天であり、彼女の蔑んだ眼を気にした風でもない。
「くくくっ。これでまたゴドー様の心象が更に良くなるってもんよ。――さあ、サヤ様。一緒に戻りますよ」
ヤブーが差し出した毛むくじゃらの腕。
サヤはそれを平手で叩き、気丈な態度で一言告げる。
「嫌です!」
ヤブーとバスターはお互いに目を見合わせる。
そして、彼らの笑みは情欲を含むそれへと変わっていく。
「そうですか。それならば、こちらも一生懸命説得をしますかね。それこそ泣き叫んで自ら戻らせて下さいと進んで言うようにな!」
彼女を捕まえるべくヤブーが振るった腕が空を切る。
じりじりと後ずさるサヤ。
「おら、大人しくしろ! 可愛がってやるから!」
サヤは飛びかかるバスターを間一髪で躱し、その隙を見て脱兎の如く逃げ出した。
「くそっ! 追え! 逃がすな!」
すかさず追いかける土竜族の2人。
サヤはあらん限りの力を振り絞り、走るスピードを上げた。
だが、所詮は少女の足、大人とは歩幅も違えば体力も違う。
追ってくる男たちの足音が徐々に近づいてくるのをサヤは感じていた。
そのことが彼女の更なる焦りを生む。
そして無情にも絡みつく足元の蔦。
辛うじて転ぶ事は逃れたが、その分サヤの体制が大きく崩れた。
そのことは彼女にとって致命的ともいえる時間のロスであった。
瞬く間にサヤの細い腕ががっしりと掴まれる。
「……くくくっ、捕まえたぜ。手古摺らせやがって」
真っ赤な跡がつく位に握られたその手を振りほどくのは彼女にとって不可能に近い。
ヤブーは獲物を狙う肉食獣の如く目を光らす。
――その時であった。
「お前ら……、何をしている……」
あらゆる感情を抑えたような静かな声。
サヤはこの声の主を知っていた。
その場にいた全員の視線が声のした方向に集中する。
そこに立っていたのはまさしくサヤの予想通りの人物であった。
「……何をしていたと聞いている」
二度目の質問で、一番先に我に返ったのはヤブーだ。
「ふん。これはゴドー様が雷帝様から頂いた直々の命令だ! あの人の弟であるアンタでもとやかく言われる筋合いはない! 精々そこで大人しくこの女が泣き叫ぶ様でも見てるんだな」
ヤブーとバスターはカバルを馬鹿にでもするかのように笑いだす。
ゴドーの取り巻きたちにとってのカバルは、腕っぷしこそ強いが兄に逆らうことの出来ない意気地なし、取るに足らない存在であると思われていた。
カバルの目の奥に宿る炎、ヤブーは判断を見誤った。
閃光の如く振り下ろされる鉤爪、それが斧のようにヤブーの胸を斬り裂く。
「ぐえっ! な、何を……」
「てめぇ! どういうつもりだ!」
バスターが避難の声を上げる。
しかし、カバルは止まらない。
それは戦いでは無く一方的な蹂躙であった。
「……カバル」
カバルは答えない。
カバルとサヤ、お互いの視線のみが交錯する。
無口なカバルに上手く言葉が出ないサヤ。
しかし、その静寂は唐突に終わりを告げる。
「サヤ! 無事か!?」
サヤの背後から現れたのはカナタとミウ。
カナタはサヤを守る為、彼女の前に出てカバルと対峙する。
地面にはすでに事切れているであろう土竜族の死体が2つ。
カナタが視界にそれを捉えた。
(サヤはあり得ない。――とすると、同士討ちか?)
油断無く警戒しつつ、思考を巡らせるカナタ。
「待って! 違うの!」
サヤが袖を引くようにしてカナタを制止する。
そんな中、カバルは無防備にもそのまま背を向け、立ち去ろうと踵を返す。
「カバル!」
サヤが叫ぶ。
しかし、彼は振り返らない。
その後ろ姿が消えるまで、彼女はそれを見つめ続けた。
※
拠点の守りの要である石壁が太陽により赤く染まる。
鳥たちが少ない餌を食べ終えて帰路に着くべく上空を飛び交う中、沈む夕日に照らされながら拠点に帰還するカバル。
だが、入り口に差し掛かる前にその足取りが止まった。
蟻が巣穴から這い出るかのように、わらわらと現れた同胞たちが彼を取り囲む。
無言でゆっくりとその様子を見回すカバル。
彼はそれぞれの剣呑な雰囲気に何かを悟る。
そして、彼を取り囲んだ円の一部が割れ、その場所から2人の人物が姿を現す。
彼の兄であるゴドーと雷帝と呼ばれる少年である。
ゴドーは親の仇でも見るような目でカバルを睨みつけた。
「カバルよ。よくも私を裏切ってくれたな。弟だということで目をかけてやった恩も忘れ、敵方につくとはこの恩知らずめ!」
兄の言葉から、カバルは例の事が誰かに見られていたのだと確信する。
「俺を裏切るなんて馬鹿だなぁ。ゴドー、どうするのさ?」
少年のセリフの一端にある自分への責任追及の意味合いを悟ったゴドー。
保身に聡い彼の判断は早かった。
「牢獄にぶち込んで置け! 明日、見せしめに処刑する!」
血を分けた肉親に対しての容赦ない言葉。
だが、カバルに驚きは無い。
彼は兄の性格を裏の裏まで良く知っていた。
遠巻きにそのやり取りを見ていた土竜族の中にはカバルの支持者ならびにゴドーを良く思っていない者も多数いたが、彼らはその場にいる少年を恐れて動けないでいた。
何よりカバル本人がまるで湖の水面のように静かに佇んでいるのも大きかったといえる。
「連れて行け!」
ゴドーの命令が下される。
両腕を掴まれ、さらにはその周りを油断なく取り囲まれ、カバルは拠点の中へと連行されていくのであった。




