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第139話 束の間の休息

 夜も明けて森の中の集落にも明るい日差しが降り注ぐ中、僕は大きく伸びをしてミウと供に小屋を出る。

 すると、美味そうな匂いが風に運ばれ僕の鼻を擽った。

 ガヤガヤと人ごみ特有の喧騒も耳に入ってくる。


「カナタ。ミウはお腹減ったよ!」


 ミウが早く行けと僕を急かす。

 もちろんその意見には異論は無い。

 言われるがままに僕はその匂いの元に向かっていく。


 そして、住居の間を縫うようにして辿り着いたそこは、小さいながらも集落の広場として存在している場所であり、現在はウササ族の皆に振る舞うべく炊き出しが行われていた。


「あっ! カナタさん。おはようございます!」


 僕の接近に気付いたサヤが、お玉片手に挨拶をしてきた。

 どうやら彼女も炊き出しを手伝ってくれていたようだ。

 そこには昨日見せた悲痛な表情は存在しておらず、可愛らしいウサギの絵柄の入ったエプロンがその笑顔によく似合っている。


「お嬢さん、こっちにも頂けるかの」


「あっ! はい、ただいま!」


 ウササ族の老人に声をかけられ、サヤは鍋の中の料理を器に盛り付ける。

 それは野菜たっぷりのスープ料理で、上がる湯気から漂う香りがその美味しさを主張していた。


 老人はサヤに礼を言い去っていく。

 ミウに頭をつつかれた僕は、手の空いたサヤに声をかける。


「僕とミウの分も貰えるかな?」


「はい!」


 サヤからこんもりと料理を盛られた器を受け取った僕は、広場に敷いてある茣蓙の上に移動する。

 そして一口、うん、出汁が効いてて良い味だ。

 ミウも僕の膝の上で器用に野菜をつついている。


「美味しいね、カナタ」


 うん、スラ坊の料理程ではないが、十分に美味しい味付けだ。

 周りにいるウササ族も満足そうにそれを頬張っているのを見て僕も一安心、イデアから大量に持ち込んだ野菜が早速役に立って良かった。

 ウササ族は肉も食べるそうだが主食はやはり野菜が主だそうで、それを持ち込んだときは涙を流して喜んでいるウササ族もいた。

 聞いたところによると、優先的に子供たちへと食料を回していた為に、大人たちはろくに食べていなかったとのこと。

 今回の事で皆に食事が行き渡って何よりだ。


 手元の食事を十分に味わいながら、僕は遠目でサヤの様子を窺う。

 同じく炊き出しをしているウササ族の女性と仲良さそうに談笑しているサヤ。

 彼女が雷帝と呼ばれる少年の妹であることはウササ族には伝えていない。

 サヤはサヤであり彼女に罪がある訳では無いが、実際被害を受けたウササ族からしてみればそう簡単には割り切れないことは想像に難しくない。

 彼女もここに長く滞在するつもりではないだろうから、最後までその事を伝える必要は無いと僕は思っている。


「おはようなの」


「あっ! おはよう、アリア」


 器片手に現れたアリアにミウが小さい手を挙げて挨拶を返した。

 僕も続けて朝の挨拶をする。


「おはよう、アリア。良く眠れたかい」


「心配無いの、ぐっすりなの」


 アリアはちょこんと僕の前に座って、同じく配給された料理を頬張る。

 ちなみにミサキとポンポに2人は、昨日は夜の番だった為にまだ寝ている。

 恐らく昼頃には起きてくるだろう。


「夜は異常なしって言ってたの」


 アリアはどうやらミサキに言伝を預かってきたらしい。


「このまま何も無ければ良いんだけどね」


 そんな訳は無いと思いながらも、僕は希望的観測を述べる。


「それは無理だよね」


 それに対し、ミウが律儀に返事を返してくれた。

 前回の潜入では思いがけない展開で何も出来なかったが、明日あたりもう一度潜入してみるのも有りだな。

 そんな事を思いながら、僕は食事を美味しく平らげた。





 日も十分に高くなった頃、予想通りの時間にミサキが顔を出す。

 そして何をする風でもなく自然に僕の隣に座った。


「ミサキ、おはよう」


 僕の膝の上で昼寝をしていたミウが、ミサキの気配に気づき目を擦りながら声をかける。


「……おはよう、ミウ。それにカナタ」


「ああ、おはよう」


 まったりとした空気が部屋を支配する。

 何となく心地よい雰囲気ではあったが、それは残念ながら長くは続かなかった。


「大変です〜!」


 部屋の扉を開け、ポンポが文字通り扉から飛び込んできた。

 目の前で手をわちゃわちゃさせて何かを伝えようとしているのだが、どうやら言葉が追い付いていないようで、何が大変なのだか良くわからない。


「サヤが居ないの」


 続いて部屋に入ってきたアリアがポンポに代わって説明してくれた。


「居ないって?」


「集落の中に居ないの。連れ去られたかもしれないの」


 いや、でもそんな気配は何処にも……。


「違うです〜。たぶん取りにいったです〜」


 ポンポが何か知っているようだ。

 僕はポンポを落ち着かせ、詳しく聞いてみることにした。




 ポンポによると、サヤは炊き出しをさらに美味しくする為に香草のようなものを森に探しに行ったのではないかとのことだった。

 ウササ族の1人と香草の在りかについて熱心に話を聞いていたそうだ。


「……狙われている自覚が無い?」


「まあ、とにかく探そう。まだそんな遠くに行ってはいない筈だ!」


「うん、急ごう!」


 僕たちは手分けをして森でサヤを探すこととなった。




 ※




「うん、あった! これですね」


 サヤは手に握った草を見て満足そうな笑みを浮かべる。

 今日初めてウササ族と対話をしたサヤであるが、皆親切であると感じていた。

 しかし、それが余計に彼女が罪悪感に苛まれる原因にもなっている。

 せめて今自分に出来る何かをしたい。

 サヤはそんな思いで今回の行動を起こしていた。


「さあ、帰りましょう」


 目的の物を十分な程に引き抜いたサヤは、誰に言うでも無い独り言を呟き、集落に戻ろうと立ち上がる。

 だが、周りを見回して見ても同じ景色ばかり。

 香草を手に入れることだけに夢中で、その後の事が疎かになっていたようだ。


「どっちから来たのかしら。う〜ん、多分こちらですね」


 考えていても始まらないとばかりにサヤは適当に方角を決めて歩き始める。

 その決断力の速さこそが、土竜族の軟禁から逃れられたサヤの最大の武器でもあった。

 だが、そうそう何回も事がうまく運ぶわけでは無い。

 歩けど歩けど一向に集落は見えてこず、元々体力が左程ある訳では無い彼女の足が一旦止まる。

 ここに来て漸くサヤの頭に言い様の無い不安が過ってくるが、彼女は首を振りそれを打ち消す。


「大丈夫。真っ直ぐ歩けば良いんです」


 再び彼女は同じ方向に歩き出す。

 幸い、地面は獣道のようになっており歩く分には支障はない。

 だが、その方角の先にある場所が嘗て知ったる場所であることに彼女は気付いていなかった。

 そして、今まさに迫ろうとする黒い影についても――。




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