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第137話 潜入

「あれか」


「うん、そうだね」


 僕たちの眼下に見えるもの。

 侵入者を妨げるかのように配置された巨大な岩々、そしてそれに囲まれるようにして土竜族の拠点が存在していた。

 モグラだから拠点は地下にあるのではないかとも思っていたが、どうやら僕のその考えは杞憂に終わったようだ。


 まるでピラミッドの一欠片のように整った長方形の巨岩たちを誰がどうやって運んだのかは定かではないが、土竜族の手によるもので無いことは確か。

 彼らは苦労することなく天然の要塞を手に入れていたということだ。 


 巨岩の立ち並ぶ囲いにはある一点のみ合わせ目に隙間があり、土竜族はそこを入り口として利用している。

 囲いの中には僕たちが移動に利用してきた針葉樹などの大木は生えておらず、僕たちは囲いの外側にあるそれの上から遠目で中の様子を観察している。


 すると、如何にも偉そうな雰囲気の土竜族が我が物顔に肩を揺らして拠点を闊歩しているのが目についた。

 僕は少々の魔力を込めて風の魔法を発動させる。




「おらおら! どきやがれ! ゴドー様のお通りだ!」


 風に乗って聞こえてきたのは如何にも小物感丸出しのセリフ。

 若い土竜族が他を押しのけるようにして道を作っている。

 そしてそれを満足げに見つめる男、その立ち位置からして彼がゴドーという土竜族なのだろう。

 更には、それに追随するように幾人かの土竜族が付き従って歩いていた。

 その中の一人に見覚えがある。

 他よりも一回り大きな体躯を持つその土竜族、僕と少年の戦いに横から割り込んできたあの武人臭さを匂わす男で間違いない。

 

 彼らは連れだって拠点の中央にある建物の中に消えていった。

 残念ながら建物の中までは魔法の効力は届かないうようだ。


「もうちょっと近づけたら良いんだけどね」


「いや、それは贅沢だよ、ミウ。ここから拠点の全容は見えるだけでも上出来さ」


「でも、ずっとそうしてる訳じゃないんでしょ?」


 ミウが「わかってるよ」という風に僕に問いかける。


「それはもちろん。とりあえず暗くなったら侵入してみよう」


「うん! カナタと2人での作戦、わくわくするね!」


「それには先ず、腹ごしらえをしないとね」


 僕は巾着からおにぎりを出してミウに渡す。

 そして次に僕の分を出してそれを頬張った。

 竹筒で作った簡易な水筒で喉も潤す。


「カナタ。ミウにも」


 僕はミウに水筒を差し出す。

 ミウはこくこくと喉を鳴らしながら器用にそれを飲み干した。

 これが木の上という特殊な場所で無かったらただのピクニックといった雰囲気。

 ――気を抜かないように注意しないとね。

 



 そして日が隠れ、眠りの時間が訪れる。

 辺りを照らすのは燃え盛る松明の明かりのみ。

 その光が届かぬ巨岩の上、僕とミウはそこにふわりと降り立った。


「カナタ、あそことあそこ。それにあっちにも」


「ああ。入り口に2人、中央に2人、そして見回りが2人……いや、3人か」


 僕とミウは上から見下ろして彼らの守りを確認する。

 入り口から侵入する訳では無いのでそこにいる2名の見張りは問題ない。

 残る3人の目、それを掻い潜れば良いわけだ。


「準備はいい?」


「うん!」


 目指すは中央の石造りの建物。

 恐らくあそこがこの拠点の中心。

 僕の考えの正しさを表すかのように入り口に見張りが立っている。

 何とか兄弟、もしくはあの少年がそこにいるのだろう。


「ミウ。今回は潜入偵察だけど、命の危険を判断したら遠慮なく暴れてもいいからね」


「ふふ〜ん。ミウの隠密能力を甘く見ないでね♪」

 

 自信ありげに話すミウ。

 ならば期待させてもらうことにしよう。

 僕とミウは巨岩から飛び降り、土竜族の拠点へと侵入した。



 所々に設置してある松明の明かりを掻い潜り、影となり拠点の中央目指して駆け抜ける。


 ――もし可能ならば、油断している少年を捕らえてしまうのも良いかもしれない。

 寝込みを襲うのは卑怯かもしれないが、被害を最小限に食い止めるためだ。


 そんなことを考えながら足早に移動を繰り返す。

 そして目標の建物の見える位置まで近づいた僕は、その場で息を殺して観察する。

 さて、あの見張りをどうしようか。


 特に警戒はしていないが油断もしていない。

 気絶させるにしても2人を一発で仕留めないと駄目だろう。


「…………さい!」


 突然発せられた音に僕の身体がビクッと震える。

 危ない……、思わず声が出そうになった。

 その音は影に隠れていた建物の中から聞こえてきた様子。

 何やら揉めているようだ?

 僕は魔法を駆使してその場で聞き耳を立てる。


「何故です! どうして立ってくれないのですか!」


 その会話の内容が僕の耳にはっきりと聞こえ出す。

 立つ? ひょっとしてク○ラのことだろうか?


「違うよ、カナタ」


 口に出していない僕の思考にツッコまないで欲しい。

 おっと、続きを聞かなくては……。



「我々はカバル殿にこそ土竜族を纏めて貰いたいと思っておる! 申し訳ないがゴドー殿では駄目だ。その弟であるあなたには申し訳ないが、彼は権力に執着しすぎている。しかも何処からか連れてきた得体のしれない小僧を頭に挿げるなど……、一体何を考えているのか!」


「……兄は兄の考えがあるのだろう。それに、あの少年、いや、雷帝様には力がある」


 低い、それでいて良く通る声が響く。


「あの少年が我ら土竜族の行く末を考えているとは思えません! 彼にとって我らはただの捨て駒。このままでは我ら一族はどうなっていくのか……」


「毒は時として薬にもなる。現に我々はこうして生き延びているではないか」


「しかし――」


 彼らの議論はかみ合わない様子だ。


「話はそれだけか。では、私はこれで――」


「カバル殿!」


 中の動く気配に僕は慌ててその場を移動する。

 誰かが建物から出ていく気配がする。

 どうやら見つからなかったようだ。


「カナタ?」


「うん。彼らは一枚岩ではないみたいだね」


 そして、改めて中央の建物に近づいたその時、笛の音のような音が辺りに鳴り響く。

 その音色と共に建物から飛び出し、慌ただしく動き回る土竜族。 

 ――上手く潜入したつもりだったのだが、どこで見つかってしまったのだろう?


「ここに居ちゃ不味いな。ミウ、急いで脱出するよ」


「カナタ、待って!」


 即時撤退を決意した僕を止めるミウ。

 その視線の先には一人の人間の少女。

 彼女は僕たちを見るなり、必死の形相でこちらに駆け出して来た。


「お願いです! 私を連れて逃げてください!」


 その彼女の肌は雪のように白かった。



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