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第133話 力無き集落

 視界が薄っすらと白みがかった朝靄。

 カラスに似た鳥の鳴き声が見上げるほど高い木々の上から響いている。

 そんな森の中に自然と同化するかのように主張をせずひっそりと存在する集落があった。

 その集落にある一件の簡素な住宅、そこではふわふわのウサミミをつけた者たちが集まり、真剣な話し合いが行われていた。


「長老! 私は反対です! 断固戦いましょう!」


 声を荒げるウササ族の若い男。

 集落の若者を束ねる長老の息子、タンジだ。


 だが、そんなタンジの主張にも目の前の長老と呼ばれた老人は感情を揺るがすことなく諭すように淡々と述べる。


「タンジよ。我々ウササ族の歴史をお前も知らない訳ではあるまい。以前にも同じような主張をしたご先祖様がおったが、その時の結末は知っての通りだ。搾取する側とされる側、その力関係の改変は我々の力ではどうしようもないのだよ」


 しかし、タンジはそんな答えでは納得しない。


「その時と状況が違う! 今回のような事を黙って見過ごして、我々に何の生きる意味があるというのです!」


「「「そうだ! そうだ!」」」


 血気盛んな若い男たちがタンジの発言に同調する。

 それに対し、黙しているのは年老いたウササ族たち。

 長年において他種族に虐げられるなどの苦々しい経験をしてきた者だ。


「長老が動かないなら、我々だけで勝手に動かせてもらう! 年寄りは黙って隅っこで震えていればいい!」


「タンジ殿!」


 無礼な発言に年老いたラビビたちが抗議の声を上げた。

 だが、長老がそれに対し一言も発する事は無い。

 タンジは抗議する老人たちの顔を一瞥すると、若者を従えてその場を退席するのだった。



「…………昔の儂と同じだ。そして恐らくは結果も……」


 タンジの後姿を眺め、長老は誰に聞かれるでもない小さな声で呟いた。




 ※




「カナタ。こんな所に本当に集落なんてあるのかな?」


 僕の頭の上で、ミウが不安そうに言葉を漏らす。

 それもその筈、この場所はやたらと寒い。

 もふもふのミウがそう感じているのだから、僕なんてなおさらだ。

 幸いにして昔ミサキに教えて貰った魔法で寒さを凌いではいるものの、ここに住みたいかと言われると流石に御免被りたい。

 しかし、その寒さのせいか一向に魔物に出会わないのは良いことだ。

 生えている木も殆どが見上げるような針葉樹ばかり、ここでは魔物たちでも食料の確保が難しいのかもしれない。


「うん。女神様が言っているんだから間違いない筈だよ。……迷ってなければね」


 僕は最後に一言、ボソッと付け足した。

 目印の無い森の中をひたすら進んでいるため、一つ間違えれば一向に目的地に辿り着かないということもありえるからだ。


「……大丈夫、合ってる」


 やけに自信満々に断言するミサキ。

 その自信の源を聞いてみると――、


「……あれを目指せば良い」


 ミサキが指をさす方向、そこには小さい光の球が浮かんでいた。


「……一定の方角を指し示す」


 どうやらあの小球はミサキの魔法のようだ。

 そんな便利なものがあるなら教えてくれれば良いのに……。


「……聞かれなかったから」


 確かに、そうだけどさ。


「……こっち。……急ぎましょう」


 話は終わったとばかりにミサキが先頭に立ち、さらに奥へと進む。

 僕は周りを警戒しつつ、速足でそれについて行くのだった。




 そして数時間後、僕たちは目的の集落らしき場所に辿り着いた。

 何と言うか、周りには柵の代わりに杭が乱雑に打たれていて、全体的に見てもその作りの急ごしらえ感が否めない。

 辛うじて雨露を凌げるような住居からは、あまり良い暮らしをしていない事が容易に想像出来る。


「さて、女神様はここに住んでいる人たちを助けてくれと言っていたんだけど……」


 助けるといっても、内容については「行けばわかるでちゅ」と言われたのみで教えて貰っていない。

 恐らくは世界の干渉とやらに引っかかるのかもしれない。


「早く入るです〜」


 立ち止まっていた僕をポンポが急かす。


「そうだね。よし、行こうか」


 とりあえずこの集落の主、ラビビ族とやらの話を聞いてみなければ始まらない。

 そう思い、僕は集落の入り口らしき場所に近づく。

 すると、ウサミミの少女が建物の陰から顔を出すのが視界に映った。

 可愛らしい顔立ちに背が低いながらも出るところは出ている体型。

 なるほど、確かにウササ族だ、素晴らしい。


「……カナタ」


 いつもより低めの声が僕の耳に届く。

 僕は一回咳払いをして、改めて遠くに見える少女に声をかける。

 

「すいませ〜ん」


 少女が僕の声に反応してこちらを振り向く。

 だが、僕たちを見るなり、少女は驚いた顔をして奥へと逃げ出してしまった。

 ……何気にショックだ。


「……きっと嫌らしさが伝わった」


 ミサキの棘のあるセリフが僕のハートを攻撃する。

 そんな事は無いぞ、多分……。


「カナタ! ほら、あれ見て!」


 ミウの声に反応し俯いていた顔を上げると、ウササ族の集団がいつの間にか現れ、こちらに向かって来ていた。

 恐らく先程の少女が呼んできたのだろう。

 ウササ族というだけあって、皆の頭の上には長いウサミミがついている。

 しかし、やたらと年老いた人が多い気がするのだが、僕の気のせいだろうか。


 そして、その集団は僕らの正面に辿り着くと、ミサキの方を見て恐る恐るといった感じで発言した。


「本日は一体何用でしょうか。期日まではまだ時間があるかと思いますが……」


 期日? 何それ?

 僕は振り返ってミサキの顔を見た。


「ミサキ、何かしたの?」


 ミウがミサキに質問をぶつける。


「……ミウ、それは誤解。……私のライフワークはカナタ。……それ以外に興味は無いし行動もしていない」


 静かに拳を握りしめ力説するミサキ。

 ミウ、アリア、ポンポが「おーっ!」と感嘆の声を上げ拍手する。

 ……その言葉に説得力はあるのだろうが、それはそれで困ったものだ。

 まあそれはさておき、ウササ族の発言については、ミウも含め誰も本気でミサキを疑ってはいない。

 あくまで念のための確認である。


 よくよくウササ族を観察してみると、彼らの目からは怯えの色が見て取れた。

 どうやらミサキは誰かと間違われている様子。

 たぶん女神様の依頼もその辺と関係がありそうだ。




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