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閑話 少年の決意

今回は三人称視点です。

 最近では王都に次いで活気があると言われているイデアロードの街並み。

 その安い税からか商売人が街に流入、そのまま居つくと言う話は珍しくない。

 人口の増加が需要を生み、需要の増加がまた新たな人口を生む。

 今まさにイデアロードは発展の軌道に乗ったと言える。


 日も高くなり始め、大半の冒険者が朝早くの依頼で街から姿を消した頃、イデアロードの街並みをとある少年少女の集団が歩いている。

 その内の一人はイデアロードでもよく見かける少女。

 どの季節でも変わらずに三角帽とマントを羽織っている姿はある意味有名であった。


「わぁ〜! ねえ、あそこは何の店?」


「……お菓子屋」


「行ってみたい!」


「……そう」


 話しかけているのは幼い少女であるメリンダ。

 傍から見ても彼女のテンションは最高潮。

 しかし、それに対する三角帽の少女の応答はまさに対極といえた。


 カナタやミウが見れば彼女の機嫌は悪くないことがわかるのだが、生憎と今回2人は別行動。

 更にはその次に付き合いの長いアリアも今日はイデアに出かけているとあっては、その感情を他の人間が読み取ることなど出来ようも無い。


「早速行ってみるです〜」


 停滞仕掛けた空気を再び動かすかのように、小柄な少年であるポンポが元気よく声を上げた。

 メリンダはそんなポンポの後に笑顔でついて行く。

 そして、残された者たちはというと――、


「…………」


 青髪の少女ティアは何とも居心地悪そうに佇んでいる。

 そして、彼女の隣にいるニトは不機嫌そうな顔を隠そうともしていない。

 だが、それに対してミサキは何をする訳でもなく、ただ黙ってポンポの帰りを待っていた。

 二人にしてみたら何とも居心地の悪い空間、それが暫くの間継続したのだった。


 途中で屋台で買い食いした串焼きを頬張りながら、メリンダは弾むような足取りで歩んでいた。

 この見学を一番楽しんでいるのは間違いなく彼女であろう。

 串焼きはニトとティアの手にも渡っている。

 ニトはそれを無言で頬張る。


「美味しいです〜」


「うん、美味しいね」


 すっかり意気投合したのか、ポンポとメリンダがお互い目を見合わせて笑う。

 その時、メリンダの背中に衝撃が走る。

 進行方向に背中を向けていたメリンダは何かにぶつかったのだと理解した。

 振り向くメリンダ。

 しかし、それがいけなかった。

 持っていた串焼きに付いていた甘辛い醤油ダレ。

 それがべっとりと目の前の冒険者の服に付着する。


「て、てめぇ! どこ見て歩いてやがんだ!」


 身の丈が倍も有る冒険者に睨まれ、メリンダはビクッとしてその場に固まる。

 そして置かれている状況を理解したのか、次第にその目に涙をためる。


「あぁん! 泣けばいいとでも思ってるのか? 俺の一張羅を台無しにしてくれやがって!」


 ニトはメリンダを助けようと前に出ようとする。

 しかし、足が自分の意志に反して動かない。

 坊主頭に鋭い眼光、筋肉質の太い腕にはいくつもの傷、更には腰に下げている大きなバトルアックス。

 ニトの身体はこの男に自分が敵わないことを認めてしまっていた。


「やめなさいよ! 小さい子のしたことで目くじら立てて、冒険者の名が泣くわよ」


 ティアが果敢にも前に進み出て、メリンダを背中に隠す。

 旧知の仲ながら、ニトはその姿に尊敬のような感情を覚えた。

 だが、ニトの考えていた模範的な行動も、この状況を上手く解決するものでは無かった。


「この小娘、誰に言ってやがんだ!」


 男は勢い余って腰のバトルアックスを抜く。

 静観していた周りの人たちから悲鳴が上がった。

 男から発せられる酒の匂いがティアの鼻をつく。


「反省しやがれ!」


 武器を大きく振りかざす男。

 刃の無い部分を相手に向けているが、それでも当たれば子供にとっては致命傷となりうる。

 男はおおよそ冷静とは言えなかった。


 風を切るバトルアックス。

 周りの人たちが取り返しのつかない惨劇を想像して目を瞑る。


 そして次の瞬間、大きな金属音のようなものが辺りに響いた。




 何時まで経っても訪れない衝撃に、ティアは恐る恐る目を開ける。

 すると、自分と年の頃の変わらない少年、ポンポが目の前に立って斧を防いでいた。


「危ないです〜」


 緊張感の無い口調で抗議するポンポ。

 そして、満を持して魔女ルックの少女、ミサキが前に出る。


「……やりすぎ、反省すべき」


「何ぃ!」


 バトルアックスを軽々と少年に止められた驚きから復活した男がミサキを睨む。


「…………」


 ミサキが小さな声で短く呟く。

 すると突然、男の周りを囲う様に炎が吹き上がる。

 その業火は男の身を骨まで溶かすのかと思われる程の勢いであったが、実際はそんな事は無く、絶妙の距離感と威力の調整で男の服のみを焼いていた。


「うわっ! あちっ! あちっ!」


 ただし、軽傷の火傷はミサキの計算の範疇では無いようだ。


 後にミサキが命名する『北風と太陽攻撃』により、男はなりふり構わず炎の燃え移る服を脱いでいく。

 そして炎が消滅、再び視界が開けた時、目の前には下着一枚で情けなく震えている男が現われた。

 震えているのは寒さからではない。

 何しろ、それまで灼熱の空間に身を置いていたのだから――。


 彼には既に先程までの迫力は無く、怯えた目でミサキを見ている。

 ミサキはそんな男に近寄り、掌に銀貨数枚を手渡す。


「……これで買って」


 先程着ていた一張羅を再び揃えるのに十分な額であった。

 男は掌の銀貨とミサキを交互に見直す。

 そして、銀貨を握りしめ衆人の目から逃れるようにその場から去るのだった。




「……行きましょう」


 ミサキはこれ以上注目が集まるのを良しとせず、早めの撤収を皆に促す。

 集まった野次馬たちも一人、また一人と解散していった。




 見学が継続される中、ニトは真剣な顔で考えていた。

 ――何も手が出せなかった不甲斐ない自分。

 ――そして自分を守ってくれた初めての存在。

 

「ニト、どうしたの?」


 様子のおかしいニトを心配してか、メリンダが顔を覗き込むようにして声をかけた。


「……いや、何でも無い」


 かぶりを振るニト。

 だが、その目には決意のようなものが宿っていた。 


(強くなりたい。皆を守れる男になりたい。その為には……)


 そしてその後、ニトは自らイデアロードの移住を申し入れるのであった。




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