第129話 交渉
お待たせしましたm(__)m
街の景観とは似つかわしくない巨大で煌びやかな館を目の前にして、僕の頭に不安がよぎる。
それもその筈、貧困にあえいでいる街に臆面も無くこれだけの物を建てる領主とはどういった人なのか、容易に想像がついてしまうからだ。
だが、残念ながら行かないという選択肢は無い。
今回はミサキと二人での訪問。
ミウたちは以前も泊まった子山羊亭で留守番である。
「……相手は子爵。……カナタと対等」
暗に堂々と交渉をするようミサキから発破をかけられた。
こういうのは苦手だけど、仕方が無い。
「おい、止まれ! ここは領主であるデターク様の屋敷だ。早々に立ち去れ」
屋敷の門番二人がお互いの槍を交差させて僕たちの行く手を阻む。
僕は意を決して貴族らしく口上を述べた。
「私はイデアロードの領主であるカナタだ。突然ですまないが、デターク殿に取り次いで貰いたい」
門番はまじまじと僕を見つめ、その後にお互いの目を見合わせている。
そして、先程とは打って変わった丁寧な口調でこちらに対応してきた。
「はい、確認して参ります。少々お待ちくださいませ」
門番の一人が足早に屋敷の中に駆けて行く。
僕らはとりあえずこの場で返事を待つことにした。
「おお、よく来てくれましたな。イデアロードの発展ぶりは聞き及んでいます。是非一度お会いしたいと思っていたのですよ」
「こちらこそ。突然の訪問を受け入れて下さり感謝します」
僕はふくらし粉で膨らませたようなブヨブヨの手を握り、デターク子爵と挨拶を交わす。
目の前の彼は、丸顔をしわくちゃにするくらいの笑顔で僕たちを迎えてくれた。
だが、これまでの経験からしても油断は禁物である。
こんな僕は捻くれているだろうか?
「それで、今日はどういったご用向きですかな。まさかただ遊びに来たわけではありますまい」
デターク子爵の目が鋭く光る。
僕はそれに対して返答した。
「ええ。実はスラム街に住んでいる子供たちなのですが、こちらで引き取りたいと思っています。それについて、ここの領主であるデターク殿にも承知頂きたいと思いましてこうして訪問した次第です」
今後の予定などの余計な事は省きつつ説明する。
それに対し、デターク子爵は顎に手を当てて唸る。
「ふむ――、困りました。実は彼らによって多くの者が被害を受けていて、そろそろ街を挙げて捕らえようかと思っていた所でしてな」
わざとらしく困った素振りを見せ、彼はさらに続ける。
「度重なる盗難の犯罪者をそのままそのまま野放しにすることは不味いですな。それにこの街では捕えた犯罪者も貴重な労働力。それをただで持ち去られては街としても――」
「……幾ら?」
回りくどいデターク子爵の言葉にしびれを切らしたのか、ミサキが単刀直入に問いかけた。
「おお、奥方様。そんな幾らなどと……。私はただ犯罪者を許せないと言っているだけです。しかし、あくまで参考までですが、先程のことを踏まえて計算しますと、納得のいく金額はこれ程になるかと」
デターク子爵は指を2本立てて僕らに見せる。
「……金貨2枚?」
「奥方様もご冗談が上手い。全て合わせて白金貨二枚ですな」
目の前の強欲貴族は臆面も無く暴利な金額を要求してきた。
金貨に換算して200枚、それほどの損害など当然この街にある訳がない。
しかし、ミサキは表情を一切変えず、
「……わかった」
そして、トントン拍子に事が進み、デターク子爵子飼いの文官により証文が作られる。
証文の内容に不備や欠陥が無いことを確認してから拇印を押し、お互いが一部ずつ保管することとなった。
デターク子爵は心の底から溢れ出ているであろう笑みを隠そうともしない。
「いやぁ。お互い有意義な交渉でしたな。カナタ殿とは良い友人になれそうだ」
こちらは真っ平御免だけどね。
だが、それをこの場で口に出して全てをご破算にすることなどはしない。
ただ、ご機嫌なデターク子爵からの夕食の招待だけは丁重に断り、僕たちは宿屋への帰路についたのであった。
その道すがら、僕はミサキに問いかける。
「ミサキ。あれで良かったの?」
「……交渉が長引けば要らぬちょっかいをかけられる可能性がある。……白金貨2枚なら予想と大して変わらない」
どうやらミサキは金額のやり取りになることを見抜いていたようだ。
デターク子爵の情報も細かく調べていたのかもしれない。
「……あの領主では駄目。……おそらくこの街は5年と持たない」
ミサキが真面目な顔をしてコレットの未来を予想する。
確かに、確率は非常に高そうだ。
「そうなると、子供たちだけじゃなく後で住民の救済も必要かな?」
「……その辺はコッソリとやれば良い。……資金さえあれば大人は自由意思で動ける」
まあ、今回の子供の件と違って、住民が引っ越したからと言って攫った騒ぎでいちゃもんをつけられる事は無いだろう。
さらに、今後の展開などを話していたらいつの間にか宿屋の前に到着していた。
そして、借りている部屋のドアを開けたとたん、ミウが弾丸のように勢いよく飛び込んできた。
僕はそれを何とか受け止める。
「お帰り! どうだった?」
「ああ、とりあえずは成功かな。後は子供たちの意志のみだよ」
「さすがなの」
「すごいです〜!」
皆そんなキラキラした目で僕を見ないで欲しい。
結局はミサキの交渉が功を奏したんだから。
「……無問題。……ただ、少しだけご褒美をくれれば私はとても喜ぶ。物ではなく行動で示すのが吉」
はい、プレゼントの方向で何か考えておきます。
そして翌日、僕らは答えを聞くべく再びスラム街へと向かう。
例の廃屋まがいの建物に辿り着くと、待ち構えたように例の子供たちが現われた。
当たり前だが、その目からは警戒の色が消えていない。
徐々に彼らの警戒心を解く方法を選択しても良いのだが、出来れば早めにこの環境から出してあげたい。
「それで、どうするか決まったかい?」
無言の子供たちに対し、僕は問いかけた。
「いや、まだだ。正直僕はあんたが信用できない。でも、信じてみたいという仲間がいる以上、話を詳しく聞いてみても良いという結論に至った」
見たところ二桁に届くくらいの年齢だろうに、自分を殺して仲間のの意見を聞き入れるなど、随分としっかりしている少年だ。
その統率力といい、僕の中で彼の評価は上がっている。
「わかった。では詳しい話をしよう。場所はどうする?」
「家の中でいい。『貴族様』が肌に合わないというなら考えるが――」
「いや、構わない」
建てつけの悪い扉を開き、少年は僕らを中へと誘う。
窓から入る光のみに照らされた殺風景な板の間の空間。
家具、寝具なども見当たらず、人が定住している住居だとはとても思えない。
「適当に座ってくれ。テーブルや座布団なんて上等なものは期待しないでくれよ」
問題無いと首を振り、僕らは黙ってその場に腰を掛ける。
その正面にはリーダーの少年を先頭に子供たちが横に並ぶ。
先ず口火を切ったのは僕だ。
「先程、ここの領主から移住に関して君たちに手出ししない取り交わしをしてきた。これがその証文だ」
僕はデターク子爵と交した証文を取り出す。
しかし、それを見た少年が顔をしかめた。
「あんた馬鹿にしてるのか? 字なんか読めるはずないだろう」
子供たちがにわかにざわつき始める。
どうやら、出だしで失敗してしまったようだ。
「――それは済まなかった。では、君たちの今後の扱いについて話させてもらう」
気を取り直して、僕は子供たちに待遇について掻い摘んで説明する。
「この間も言ったと思うが、住居と食事は学校卒業までこちらで用意する。その代わり君らには学校で計算、読み、書きなどを勉強してくれ。更には商売の知識や冒険者の技術などの授業も開設する予定だが、こちらは希望者のみ、受けるかどうかは君たちの自由だ」
子供たちは先程とは打って変わって真剣な目で聞いている。
僕は更に続けた。
「そして卒業後は自由な職について良い。出来ればイデアロードに住んで欲しいが、それを選ぶのも君たちの自由だ」
「それだと、あんたにメリットが無いじゃないか」
リーダーの少年は強めの口調で僕に問いただす。
それに対し僕は返答する。
「ああ、確かにそのままだとそうだ。でも、一度住んでくれれば決して離れない居心地の良い街を作っているとの自負はある。それでも旅立つならばそれはこちらの力不足、それは仕方が無いと思っている」
子供の教育の無償化により他の街からも移住者は増え、この子たちが卒業するくらいには、さらに街は発展している筈。
大半の子供たちが将来きっとイデアロードで働いてくれるだろうとの自信はある。
「それに、君たちの中には小さい子も沢山いるが、この子たちにも盗みを教えて生活させるつもりかい? 捕まったら良くて強制労働、そんな運命はここで断ち切りたいとは思わないか?」
そんな僕の言葉を受けて少年が一言。
「証拠は?」
「ん!?」
「あんたが嘘をついていないという証拠だ。盗みを教える以前に、狡猾な罠にかかる訳にはいかない」
恐らくはここが信じてくれるかのターニングポイントだ。
僕は考える。
でも、基本こちらの言葉を信じてもらうしかないんだが……。
「誰かが街を見に来ればいいの」
その時、唐突にアリアが子供たちに提案した。
うん、それで行こう!
かくして、子供たちによるイデアロード見学会が実施されることとなったのであった。
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